おまけ


「あの……なんか、ごめん」

二人きりになった和室で、心持ち距離を詰めながら銀時は仲間の蛮行を詫びた。

「アイツら、何はしゃいでやがるんだか……」
「俺の方こそ、すまない。依頼人にきちんと対応できなかった」

社長としての務めを果たせなかったと悔いる土方。
銀時はまた僅かに近付いて、けれども視線は畳に落としたままで、慰めの言葉を掛ける。

「今日のことは新八と神楽のせいだから気にすんなよ。ひじか――」

が、途中で言い淀んでしまった。人差し指で畳の表面をくるくると撫でつつ、己を奮起させる。

「とっとーしろーは、悪くないよ」
「――っ」

名前を呼ばれて土方はびくりと体を震わせた。普段からまともに見られない恋人の顔が――今は自分の顔であっても――益々見られなくなる。子ども以下だと蔑まれても、まだまだ恥ずかしさは払拭できなかった。

けれど相手は呼んでくれた。

わざわざ言い直してまで呼んでくれた。大人として、恋人として、その想いに応えなくてはなるまい。
横目で到達地点を確認した土方は、指で這いながら右腕を進める。

「あ……」

こつんと当たった指先。そこから「一歩」だけ乗り上げれば、銀時から僅かに声が漏れた。

「ああありありありがとう……銀、時……」
「――っ!どどっどういたしまして……十四、郎」

もう一歩、土方の指が銀時の指を上る。銀時は自身の左手を滑らせて土方の右手の下に潜り込ませた。
相変わらず視線は他所を向いたまま、ぴたりと重なる二人の手。すっかり慣れたはずのこの行為。しかし入れ替わった体では、その手の感触は普段と異なるものになってしまう。折角呼ばれた己の名も、真に求める声からではなかった。

「早く戻れるといいな」
「ああ」

銀時の呟きに土方も心から同意すれば、だって――とまだ続きがある模様。頭を擡げて隣を見遣れば、 真っ赤になりながら黒い着流しを握り締め羞恥に耐える「己」の姿。土方の視線には気付いていない様子である。

「ひじ……じゃない、十四郎のこと、すげェ近くに感じるのに……手、繋いだり、ぎゅってしたり、その……キキキキキ、スとかも……」
「さ……銀時……」
「べっ別にね、毎日そんなこと考えてるわけじゃないけど……でも、あの……ごめん」

魂が入れ替わり最も不都合が生じているのは土方の仕事関係であろう。そのため一刻も早く原因を突き 止め元に戻りたいと願っている土方に対し、自身の動機は何と程度の低いことか。更にはそんな台詞を 「土方の」口を使って言ってしまったと銀時は自己嫌悪に陥る。

一方で土方は、銀時が項垂れていく理由を必死で推し測ろうとしていた。
優しい銀時のこと、現状では出来ないことを望まれて、恋人を困らせてしまったとでも反省しているのかもしれない。もしくは異常事態に考えることではないと内省したのかもしれない。だが、

「銀時っ」

恋人と二人だけの空間にいて、そういうことを思わぬ方が不自然。自分だってずっとこうしたかったと言葉に出す代わり、土方は銀時の腕を引いて抱き締めた。

「あああああの……」
「もっ戻れたら、もっと……」
「……うん」

銀時の腕も土方の背に回る。

「続き、しようね」
「ああ」

いつもと違う己の腕に納まるのは、いつもと同じ魂を宿した大切な人。この体は借り物だけれど、この感情は、この熱は、そしてこの幸福は紛れもない事実。願わくばこの腕の中の愛しい人も、同じことを思ってくれていますように。

(14.12.30)


というわけで、二人きりの時限定の名前呼びができたところで純情入れ替わり編終了です。次話は何事もなかったかのように元に戻っている予定。
さてさて今年の作品更新はこれで最後になります。来年もどうぞよろしくお願いします!!

追記:続きはこちら

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