後編
日輪が残していった晴太の着物の匂いを定春へ嗅がせ、いざ捜索隊の出発。自分もと出ようとした銀時を土方が止めた。
「坂田は休んでていいぞ。非番で来てるんだからな」 「それは土方の……」 「だから今は坂田が『土方』で……」 「でも土方は土方だから……」
外見に従えば銀時が休みだが中身からすると土方の休日。どちらも互いのためを思って譲らず、お馴染みのやり取りに新八と神楽は辟易していた。
「はいはい一緒に行きましょうね」 「それと、いつも通りに呼んでいいアルヨ」 「え、あ……」 「さっ定春ゴー!」
往来ではないけれど人前で下の名前を呼ぶなんて大胆なことは無理。依頼の迅速対応を理由に、銀時は話を打ち切った。 けれど二人の受難は続く。
「ところで銀さん、その格好で行くんですか?」 「着替えた方がいいネ」 「う……」
今の銀時は真選組の制服姿。万事屋の仕事を手伝うには不自然。気付いてはいたが気付かないふりをしていたのに。 新八にそれを指摘され、神楽にとどめを刺されてしまった。
着替え――己の姿をした土方と瞬間的に視線が搗ち合い、銀時はぼっと顔全体を染めた。だがそれと同時に妙案も思い付く。
「ああああの俺、目ェ瞑ってるから土方が俺の服を……」
この体の主が今ここにいる。ならば着替えも「本人」にしてもらえばいいではないか。 しかし、見た目は違えど恋人を脱がせるという行為。二つ返事で受け入れられるような土方ではなかった。
「ききき着替えくらい坂田がやっていい」 「いいいやいや土方の服だし……」 「いっ今は坂田の服で……」 「おい、私が脱がせてやろうか?」
この程度でおたおたする大人達に苛立ちを覚えた神楽は、強引に事態を収拾しようとする。追い剥ぎのごとき少女の瞳に、銀時は襟元を寄せて距離を取った。土方の大事な制服を蹂躙させるわけにはいかないと。
「私に脱がされるか、名前で呼ぶか選ぶアル」 「はあ!?」
残念ながら、かぶき町の女王は彼らよりも一枚上手。難無く理不尽な要求を突き付けた。
「ななな何でそうなるんだよ!」 「二人がもたもたしてるからネ。ほら、どっちから呼ぶアル?それとも本当に脱がせていいアルか?」
選択肢を与えているようでいて実態は脅迫。恋人の体を人前に晒すわけにはいかないけれど…… でも……
「ぎぎぎぎっ……とき、早く着替えちまえ!」 「――っ!」
先に覚悟を決めたのは土方であった。 すれ違い様に曲がりなりにも名前を口にして、銀時の腕を引き、着替えを口実に襖の向こうへ保護したのだった。
「チッ……今日のところは許してやるネ」
ぴたりと閉じた襖の前、力無くしゃがみ込む土方(外見は銀時)を見て、新八は二人が似た者同士なのだと再確認する。本来の銀時も土方のことで羞恥の限界を超えるとよくこうしていたから。
隣の部屋から漏れ聞こえる衣擦れの音。小刻みに震えつつ耳を塞ぎ耐える土方であった。
* * * * *
「銀さーん、いるー?」
次の依頼人が現れたのは、着替えで疲労困憊の銀時がふらつきながら襖を開けた頃。 大丈夫だよ上がって――とことこと小さな足音は二人分。我が家のごとく玄関をくぐり、事務所へ近付いてきている。 その声の主に覚えがあったから、恥ずかしさにへたり込む二人を除く、新八と神楽も居間で到着を待った。
「あ……ごめん、デート中?」 「そうアル」 「おいぃぃぃぃっ!」
依頼人はやはり晴太。同じ歳くらいの女の子の手を引いている。 着流しに着替えたばかりの銀時(外見・土方)の姿を捉えた晴太から日輪と同じ発言が出て、神楽もまた同じことを。銀時は勢いよくツッコミを入れた。
「そうアル、じゃねェよ!!」 「違うの銀さん?」 「あ、ああ」
非番で来ただけだと土方(外見・銀時)が告げるも、それがデートじゃないかと晴太。そして事情を知らない少女へ、
「この二人はオイラ達みたいに深く愛し合ってるんだよ」
二人の関係を紹介してやった。銀時と土方を見遣り首を傾げた少女。
「二人共、男の人でしょ?」 「愛があればどんな障害だって越えられるんだよ。オイラ達みたいにね」 「晴太……」 「いずみ……」
向かい合い両手を取る幼い恋人達。このままキスでもしそうな雰囲気は新八が、
「立ち話もなんだから」
ソファーへ座らせることで即座に霧散させた。
依頼人達の正面のソファー中央には主に見える土方が腰を下ろし、その左に神楽、右に銀時が座る。新八はお茶を入れに台所へ。
「この人が銀さんだよ」
晴太に促され、少女は深々と頭を下げた。
「はじめまして。いずみです」
万事屋の三人は、晴太からその名を何度か聞いたことがある。夏休みにカブトムシを捕まえに行ったとか何とか――といっても当時は友人の一人として名前が挙がっていただけであるが。
「はじめまして。万事屋の……坂田ぎっ銀、時だ」
自己紹介も一苦労。神楽に睨まれているのを感じ、土方はびしっと背筋を伸ばす。
「私は神楽アル。さっきいたメガネが新八」 「いつも晴太からお話は聞いています。よろしくお願いします」 「よろしくネ。で、こっちは銀ちゃんの恋人のトッシー」 「どっどうも。土方とっ……ととー、しろーです」 「お二人はお付き合いされてどのくらいなのですか?」
世間の常識などものともせず愛を貫いているらしい恋人の先輩に、いずみは興味津々。聞かれた二人は共に頬を染めた。 これはまずいと土方が急いで軌道修正を図る。
「なっ何か用があって来たんだろ?」 「赤くなっちゃって、可愛らしい方ね」 「いずみの方が可愛いよ〜」 「もう、晴太ったら!」 「……銀さん土方さん、ちょっといいですか?」
二人分のイチゴ牛乳を運んで来た新八は、いちゃつくカップルの前にそれを置いて、驚き固まるカップルを呼んだ。 見上げる格好の彼らから、メガネの奥の表情は窺い知れない。だが楽しい話でないことだけは口調から明らかだった。
「いっ今はコイツらの話を聞くのが先だ」
怯みつつも己の思う「万事屋銀ちゃん」になりきって、仕事が優先だと窘める土方。しかし神楽までも、
「二人きりにしてやった方が喜ばれるネ」
新八に味方してしまう。
「晴太くん、それからえっと……」 「いずみです」 「ああ、いずみちゃんね。二人共ちょっと待っててくれる?」 「構わないよ」 「ごゆっくり」 「いや……」 「おいおい……」
いいから来いと連れて行かれたのは隣の和室。意味も分からず並んで正座させられた銀時と土方に対し、呼び出した側は襖の前で仁王立ち。 何なんだよ――不満剥き出しの銀時は、鬼副長の姿と相まって常より迫力がある。だが負けてなるものかと新八は己を奮い立たせ口を開いた。
「あの二人を見て、何とも思わないんですか?」 「……元気そうで良かったな」 「違うアル!」
銀時の回答は二人が求めたものではなかったらしい。横目で土方を窺えば俺に任せろと力強く頷いてくれる。中身が変わるだけでこんなにも頼もしく見えるものか――自分の顔にも関わらず惚れ惚れしてしまうほど。 恋する乙女のような瞳が見守る中、土方は腕組みをして言った。
「まさに『親の心子知らず』だな。アイツらは二人の世界に入っちまって周りが見えてねェ」 「そうだな」
流石は土方。子ども相手にしては厳しい意見だが、親元を離れようってヤツは一人前に扱ってやらなきゃならないな……銀時は大いに納得した発言であったのに、
「そういうことじゃないネ」
またもや神楽の意図したものではなかったらしい。 では何なのだと二人が怪訝な表情を向けると、
「呼び名ですよ」
新八が端的に答えを教えてくれた。
「あの二人は名前で呼び合っていましたよね?銀さん達は何年経っても出来ないのに」 「出来なくは……」
顔は笑っているが怒っているような声色。銀時はおずおずと否定を試みるも、
「当たり前に呼んでたアルな。銀ちゃん達はすっごーく頑張って、やーっと出来るのに」 「うぅっ……」
神楽の追撃にノックアウト寸前になる。だがここで土方の援護射撃が入った。
「あっアイツらは互いに相手しか見えてねェから、恥ずかしげもなくベタベタしてんだよ」 「そ、そうだそうだ。俺達は大人だからそんな恥知らずなことはしねェぞ」 「名前で呼ぶことの何処が恥ですか」 「どうせ二人きりにしても呼べないんだろ」
吐き捨てられるように言われて二人の背はしゅんと丸まる。 子どもに負けたとあっては大人の面目丸潰れ。だが外野からは容易く思えることでも当事者になって初めてその困難さが分かることもあるのだ。呼び方を変えるということは相手との関係に変化があった証であり、それを公言することである。
銀時と土方にとって、下の名前で呼ぶということは「愛している」と同義。勿論愛しているのだけれど、言わずとも相手は察してくれているはずだし、ましてや人前でそんな……
「とにかく、晴太くん達の対応は僕と神楽ちゃんでやりますから、二人はここで、名前を呼ぶ練習でもしていて下さい」 「どうせなら『銀たん』『トシにゃん』くらいまで進んでみろよ」 「なっ!」 「ざけんな!」
反論など聞いてもらえず、子ども以下の恋人達は和室に取り残されてしまう。
それから新八と神楽は晴太達の話を聞き、年長者として諭し、共に保護者の元へ向かうのだった。 これにて、本日の万事屋銀ちゃん営業終了。
(14.12.27)
純情な二人の純情ぶりは子ども並みどころか子ども未満w そこが彼らの良い所だと思います。 この後「おまけ」として取り残された二人の様子を書きます。今年中にはアップしたいな。
追記:続きはこちら→★ |