中編
一方、沖田と共に行く土方姿の銀時は、険しい顔付きで歩いていた。
「あっ、今のヤツ、俺と目が合って路地に隠れた。怪しい……」
「アンタが睨み付けたからでしょ……」
不審人物を追って路地へ向かう土方の腕を掴み、沖田はまっすぐ進んでいく。
「離せ!アイツが攘夷浪士だったらどーすんだ!」
「ならその極悪顔、やめてもらえませんかねェ。一般人も脅えちまって見分けがつきませんぜ」
「俺は元々こんな顔だ」
「いや、いつもより凶悪なツラでさァ。……旦那と引き離したのがそんなに不満ですかィ?」
「えっ?」
一瞬にして顔の筋肉は緩み体温急上昇。クールでカッコイイ土方らしく振る舞わなくてはと思い
ながらも、嬉し恥ずかしさが優ってしまう。
沖田が無からこんな予想を編み出せるとは考えにくい。土方は以前、自分と会えないことを
不服そうにしたことがあるのだろうか。クールでカッコよく仕事熱心な土方が……
「そ、その……」
「あらら〜?その顔は図星ですか……」
「ちっ違う!」
土方ならどうするか想像してみたが、やはり仕事の時は仕事に集中するはずだという結論に至る。
頻繁に土方をからかう沖田の言葉を鵜呑みにするのは危険だ。
「下らねェこと言ってんじゃねーよ」
「旦那の話は下らなくないでしょう?今日もキスとかしたんですかィ?」
「はあ!?きききき……」
「あれっ?事故のせいで忘れちまいました?どんなデートをしたか、いつも教えてくれるじゃ
ないですか」
「そそそそんな……」
普段、土方と沖田がどんな話をしているかなど、当然ながら銀時には分からない。まさか本当に
デートの様子を事細かに話しているのだろうか。確かに自分も、新八と神楽にはそれなりのことを
伝えてしまっているけれど……異常事態に冷静な判断ができず、沖田の出任せも信じつつある銀時
であった。
「で、今日の旦那の唇の感触はどんなでした?」
「くくくくくく!?」
上手くいきそうだと沖田はほくそ笑む。この時間は本来、山崎と市中巡回をしていなくては
ならなかった。しかし、山崎がテレビに気を取られた隙に逃亡し、今まで茶屋にいたのだ。途中、
山崎から「副長がキレてます」とのメールが届き、言い訳を考えているところで先の屋上デートを
発見し、仕事中の逢い引きを黙っている代わりに自分のサボりも不問にしてもらう算段をつけた。
けれど不慮の事故により、その駆け引きすら不要になったらしい。ならばこの機に冷やかしたく
なるというのが沖田の性分。
「モテない俺の後学ためにって、詳しく話してくれたじゃないですか」
「そそっそんなこと、した覚えはねェ!」
銀時は賭けに出た。土方が沖田にどんな話をしているかは知らない。だが自分の知る土方は、
デートの様子を吹聴するような男ではないはずだ。ならばここは突っぱねてみようと。
その賭けは見事に成功。
「流石にこれじゃ騙されねェか……」
どうもすみませんでしたと形ばかりの謝罪をして、肩を竦める沖田であった。
* * * * *
屯所に戻ってからも「土方」に休む暇はない。
「先程はすみませんでした副長!」
「……おう」
畳に額を擦りつけながら山崎が報告書を差し出してくる。潜入捜査で得た情報を基にテロ計画を
未然に防いだといった内容が書かれていた。
一通り読んではみたものの仕事については判断しようもない。下手なことをしては後々土方に
迷惑が掛かる。いや、迷惑どころか文字通り首が飛ぶことになどなったら……
「副長、何処かダメでした?」
「…………」
銀時は背筋が凍りつくような思いだった。こんな時に自分を――延いては土方を――護る術は
これしかない!カッと目を見開いた銀時は己の腹を抱える。
「ううっ、苦しいっ……!」
「副長!?」
仮病。
病気ではないのに病気をよそおうこと。偽の病気。
「何故だか急に胸がっ……」
「しっかりして下さい副長!そこはお腹です!」
「……は、腹痛からくる胸やけが苦しい!」
「ええっ!大丈夫ですか!?」
「ふ、布団を……横にならねば死んでしまう!!」
「気を確かに!今、布団を敷きますからね!!」
「うぐうっ……」
押し入れへ走る山崎に胸を撫で下ろし、銀時は書類を文机の上に放った。この件については明日に
でも万事屋を訪ねて土方に聞こう。
廊下ではドタバタと誰かが走っており、遠くの部屋からは微かに「リーチ」と叫ぶ声も聞こえる。
特別武装警察とはいえ案外平和そうではないか……
「トシ、トラックに轢かれたんだって!?」
「あ……」
ドタバタの原因は近藤だったようだ。沖田を伴って副長室へ現れたのは、まさに山崎によって
布団が準備されたところ。
「そんなに悪いのか!?医者を呼ぶか!?」
「あ、いや、病院には行ったから……」
「そうか。なら早く休んでくれ。仕事は俺に任せろ!」
「どうも」
先程の書類を拾い上げ、近藤はドンと胸を叩く。これで仕事の方も何とかなりそうだ。
安心して布団に入ろうとした銀時であったが、
「寝間着に着替えた方が楽じゃないか?」
「え……」
「体、温めた方がいいですかね?俺、風呂沸いてるか見て来ます!」
「ちょっ……」
「ガソリンかぶって火ィ点ければ手っ取り早く温まれますぜ」
「ふざけんな!」
受難はまだまだ続く。最後のはともかく、近藤と山崎の好意を無碍に断るわけにはいかない。
既に山崎は風呂の様子を見に部屋を出てしまった。
つまりこれから銀時は風呂に入り、着替える必要がある。土方の体で服を脱ぎ、風呂に……
「うがァァァァァァ!!」
「とっトシ!?」
「苦しいですか?ならいっそひと思いに……」
突き立てられた沖田の剣は辛うじてかわしつつも、銀時は未だ混乱の最中にいた。土方として
生きる時、困難なのは仕事ではなかった。組織の一員である土方。かなり重要な役割を担っては
いるものの、ある程度なら留守にしたって補い合える。それが組織というものだ。
しかし生活そのものはどうだ。考えないようにしていたが、実を言うと風呂よりももっと大変な
場所へ行きたいのを我慢している。風呂になら一日くらい入らずとも構わないがこれは……いや、
土方が不潔だと思われては困るのでやはり風呂にも入らなくてはならない。それには、それには……
「ああああぁぁぁぁぁぁ……」
「お、おい!」
「どうしたんでィ」
呆気にとられた近藤と沖田を置き去りに、銀時は泣きながら厠へ駆け込んだ。
心を無にするんだ銀時。お前はやればできる子だ銀時。何も考えるな銀時。何も感じるな銀時……
事を終えた直後、土方も同様の事態に陥っていると気付きまた悶え叫ぶ銀時であった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
入浴を終え、マヨネーズ柄のパジャマに着替えた銀時のHPは、ほぼ0になっていた。
布団に入ったのを見届けて部屋を出た近藤、沖田、山崎は顔を見合わせる。
「トシ、相当具合が悪いようだな」
「頭も悪いんじゃないですかねィ」
「元気になるかと思ってマヨパジャマ下ろしたんですけど……」
「これは当分仕事どころじゃないな。暫く休みをやろう!」
「あ……なら旦那に看病してもらうってのはどうです?」
「隊長、それは……」
こんな時でも二人の仲を深めようとするのかと山崎は反対する。だがその辺の事情に疎い近藤は、
「誰でも病気の時は心細くなるものだ。恋人が側にいればトシも喜ぶだろう!」
と大賛成。早速沖田が万事屋へ連絡を入れることに決まった。
* * * * *
翌朝。新八と神楽は「銀時」を置いて真選組屯所へ来ていた。もちろん、土方との関係について
沖田、山崎と打ち合わせをするためである。
山崎は言う。
「今回は作戦とか無理ですって。副長、本当に体調が悪いんですから」
「そんなこと言ってるからお前はいつまで経っても山崎なんでィ」
「山崎の何がいけないんですか!」
「そうネ。銀ちゃんが発情してる今がチャンスアル!」
「は?」
何言ってるの神楽ちゃん。銀さんがいつ――そんな新八の疑問にも神楽は自信満々。
「昨日、銀ちゃんはトイレとお風呂でハァハァうるさかったヨ」
「だからってそうとは限らないんじゃない?だってあの銀さんだよ?」
「絶対発情してたアル。確かに、『十四郎』って聞こえたネ」
「本当に?本当に銀さんが言ってたの?」
「何回も言ってたネ」
「それ、名前を呼ぶ練習だったりして」
それだ!山崎の発言に他の三人も納得。軽く口付けるだけで真っ赤になるような銀時が土方を
思って……というのは考えにくい。だがこのくらいならやりそうだ。そして、このくらいでも
練習に練習を重ねなければできなさそうだ。
「じゃあもしかして昨日のあれも……」
「何でィ?」
「副長が風呂に入った時、一回様子見に行ったんですよ。具合悪かったから」
「そっちも練習してたアルか?」
「『銀時』って聞こえた気がしたんだ。空耳かと思ってたんだけど、旦那もそんな感じなら……」
「そろそろ名前で呼びたくなったんですかね」
土方の体調を考慮してもこのくらいの作戦であれば問題ないだろう。山崎も了解したところで
新八と神楽が表情を曇らせた。
「今日、銀ちゃん一人でここに来るネ」
「お前らは?」
「別の依頼が入ってまして……銀さん、昨日からやたら張り切っちゃって、今、依頼の予約が
殺到してるんですよ」
「銀ちゃん、今朝は四時から新聞配達してたアル」
「忙しい時に頼んで悪かったかな……」
「一度受けた依頼を断われば信用を失うなんて強がってましたけど、土方さんを心配してました。
だから別々に行こうってことになったんです」
「そうか……。実はね、副長に旦那が来ること伝えたら、すごく安心した顔してたんだ」
「赤くもなってたけどな」
「そうですか」
二人の仲が進展しそうな気配を感じ、会議の場も明るくなる。
では僕らそろそろ……遅刻すると怒られるのでと、新八は神楽を連れて足早に戻っていった。
(14.01.06)
更新、遅くなってすみません。今年もよろしくお願いします。
本誌では片の付いた入れ替わり編ですが、このシリーズではもう少し続きます。
というか、もう大分本誌とは離れてきましたけどね^^; 後編は暫くお待ち下さい。
追記:後編はこちら→★