後編
時は少し遡り、土方達が飲み会を始めた頃。
ここ万事屋では、夕飯を終えてドラマが始まる前にと後片付けに立つ新八と神楽を、銀時が呼び
止めたところである。空の食器並ぶ食卓で向かいに座る二人へ「大事な話がある」と切り出した。
「どうしたんですか?お米が底を突きそうだってことなら分かってますよ」
「何だとー!聞いてないネ!」
「だから頑張って依頼を探さなきゃ」
家計と仕事の話になり、そうではないと宥めすかす。だが何よりも食欲優先の神楽は納得しない。
「お米より大事なことなんてないアル!」
「先週の依頼料、明日振り込まれるはずだから一先ず米は問題ねェ」
「本当に振り込まれるアルか?」
「入ってなけりゃ取り立てに……ってだから、金の話はいいんだよ」
「じゃあ何なんですか?改まって」
「実は、その……」
ダメだ――真面目に話をしようと決めていたがいざとなったら非常に照れ臭い。軽く茶化して
しまいたい。けれどそれで反対されたら……真剣に話せば分かってくれるはずと、そう考えて
食事が終わるのを待ったのではないか。腹を括れ銀時!
両手を膝の上で握り締め、すうと息を吸い込んだ。
「つっ、付き合ってる人がいます!」
銀時渾身の告白に、新八と神楽は大きな溜め息でもって応えた。
何言ってるネ――鼻をほじりながら神楽が言う。
「結野アナは銀ちゃんのこと、何とも思ってないアル」
「いい加減、現実と向き合って下さい」
「いやいやいや違うって。確かに結野アナからもアプローチがあったけども!」
「全然ないネ」
「ないですよ」
こちら誤解も解いておきたかったがもうじき毎週見ているドラマの時間。結野アナ、アナタを
軽んじているわけではありません。俺には今、伝えなくてはならないことがあるのです。明日も
必ず会いに行きますから――心の中でテレビを見る誓いを一方的に立て、銀時は本題に入った。
「俺が今お付き合いしてるのは、男の人です」
「は?」
「え?」
予想もしない事態に新八と神楽の時が止まる。静かになったことを好機と捉え、銀時は話を続けた。
「大分前からいいなと思ってたんだよ。そんで偶に二人で飲み行きだして、もしかしたらイケる
かも?って思ったのも結構すぐだったな。ただ、色々あるし、くっ付かない方がいいのかな、とも
思った。けど先月、向こうから告白してくれて……」
「ちょ、ちょっと待って下さい」
頭の中を整理しますからと新八が話を遮る。その横で神楽はぽかんと口を開けていた。
「あの……質問してもいいですか?」
「おう」
「銀さんって、その……男の人が好きなんですか?」
「いや。いいと思った野郎はソイツが初めて」
「そ、そうですか……」
「……他には?」
「えっ?」
「質問。何でもいいぞ」
己の打ち明け話は二人にとって青天の霹靂。こちらから全て言うよりも、聞きたいことに答えた
方が理解してもらえるのではと考えた。
しかし新八は次の質問が思い浮かばない。分からないことだらけのような気もするが、銀時の
恋人についてどこまで知るのが正解なのかも分からない。
新八は神楽に助けを求めた。
「神楽ちゃんは聞きたいことある?」
「……誰と付き合ってるネ?」
これはまさに新八も一番知りたいことであった。けれど一番聞きにくいことでもあった。
顔も名前も知らない相手であればまだしも、自分達も知る人物であったなら、今後どんな顔で
接すればよいのか――新八の結論が出る前に銀時は口を開いてしまう。
「土方十四郎くん」
「えぇっ!」
「銀ちゃん……」
同性の恋人がいること以上に度肝を抜かれた新八。自身の思い描く恋人像――砂浜で追いかけ
合ったり、一つのグラスに二本のストローを挿して飲んだり――に当て嵌めてみたものの、
どれも新八の知る二人とは掛け離れている。知り合いにしたってもっと友好な関係を築いている
人かと……その横で神楽は瞳を潤ませていた。
「銀ちゃん、ごめん……」
「神楽……」
鼻を啜り目を擦る神楽に、謝る必要はないと銀時。
「普通じゃねェって分かってっからよ」
「私、暫くお米なしでも我慢するヨ」
「……米?」
「そんなに金持ちが良かったなんて……」
「神楽ちゃん何の話してるの?」
「だって銀ちゃん、トッシーの金に釣られたんでしょ?」
そこまで追い詰められてたなんて知らなかったと神楽はよよと涙を流した。
「ちょっと待て神楽。俺がいつンなこと言った?」
「トッシーのこと、いいなって思ってたって……」
「あ〜……」
何とも日本語は難しい。外の星から来た彼女にとってはなおのこと。
神楽ちゃんあのね――新八が解説する。
「銀さんの言った『いいな』っていうのは、素敵だなとか、カッコイイなとかそういう意味だよ」
「……銀ちゃんはトッシーが素敵でカッコイイと思ってるアルか?」
「えっとー……ていうかー……まあ、そこそこ?」
こうもハッキリ聞かれると答えにくい。照れ臭い上に、具体的にどこが「いいな」なのかそもそも
考えたこともなく、ただぼんやりと「いいな」だったのだから。
けれど曖昧な答えで神楽は納得してくれない。
「トッシーのどこがそんなにいいアルか?」
「い、色々かな……」
「そんなに沢山あるアルか?」
「いや……」
「お付き合いしてるんだから当然だよ」
新八の助け船は神楽の追求を更に加速させてしまう。
「トッシーのこと好き?」
「お、おう」
「大好き?」
「た、多分」
「じゃあ愛してる?」
「そうとも言える、かな……」
「トッシーは?銀ちゃんのこと愛してる?」
「そう、なんじゃね?」
「二人は愛し合ってるアルか〜」
「ま、まあな」
居た堪れなくなった銀時の姿を、新八は微笑ましく見守っていた。
表へ出るのに羽織が必須の寒い夜。銀時だけは顔を真っ赤に染めて汗をかいている。その様子に
二人は嬉しくなるのだった。
今日は僕と神楽ちゃんでやりますからと後片付けも風呂掃除も免除されて、一人居間に
取り残された銀時。テレビは点いていても内容は全く頭に入らず、その神経は電話機に向いていた。
今から会えるだろうか――思い浮かべるのは恋人の顔。話題に出したことで愛しさが募る。
会ったのは三日前。それが長いと感じるのは愛ゆえに。
「まだひと月だしな……」
付き合いたてだからと誰にともなく言い訳をして、銀時は受話器を取った。
ジーコロロとダイヤルを回し、ごくりと唾を飲む。
数回のコール音の後、電話が繋がった。
「もっもしもし俺だけど、今大丈夫?」
無意識にやや低い声を作ったのは少しでも良く聞こえるように。しかし残念ながら相手は目的の
人物ではなかった。
「もしかして沖田くん?……俺達のこと聞いたんだ……本人に代わってよ。……えっ、厠?
あ〜、昨日中に出しちゃったからなァ……いや、両方ヤってるよ」
後ろで愛しい人の怒鳴り声が聞こえて物音がする。きっとそろそろ……また声を作るため軽く
咳払いをひとつ。
「戻ってきた?…………あ、土方?……ハハハ、悪ィ」
そこへ、銀時を現実に引き戻す一言。
「銀ちゃん、電話アルか?」
「あっヤベっ」
自分は何をしているのだ。新八も神楽もいる家で、しかも愛し合っているだ何だとからかわれた
ばかりのタイミングで、これから約束を取り付けてデートでもしようと言うのか……
してやろうじゃねェか。何せ俺達、愛し合っちゃってるからね。
開き直った銀時の行動は早かった。
「今からいい?……二丁目の屋台前で!」
伝えるべきことを簡潔に述べガチャリと受話器を置いて玄関へ一目散。
「ぎ、銀さん?」
「定春っ!」
「わう!」
神楽の機転でまず定春が銀時を追い、神楽と新八も戸締まりをしてから定春を追った。
走りながら新八が尋ねる。
「銀さん、どうしたのかな……」
「電話してたアル。多分トッシーヨ」
「これからデートってこと?」
「こんな夜遅くに……トッシーのせいで銀ちゃんが不良になってしまったネ!」
「不良って……」
昔からふらりと飲みに出て朝帰りなんて頻繁にあったのだ。今からデートすることも有り得ると
新八は思う。相手は仕事が忙しい身の上であるし、とも。
「わんわんわんっ!」
そうこうしてる間に銀時は待ち合わせ場所に到着し、試行錯誤も虚しく定春を帰すことができず、
鳴き声を頼りに神楽達に追い付かれた。
「何なんだよ……」
「それはこっちの台詞アル!いきなり家出して!」
「家出じゃねーよ!ちょっと……あの、土方くんと約束をね……」
「だったらそう言ってくれないと。心配するじゃないですか」
「すんませーん……」
反省の色が少しも見えない態度に、神楽はこめかみに青筋を浮かべる。
「そのお付き合い、認めないアル!」
「悪ィな。反対されたくらいでやめられるんなら最初から付き合ってねーよ」
目を細めて頭を撫でる銀時の手を振り払い神楽は食い下がった。
「ヤツがマヨネーズと煙草をやめたら認めてやるネ!」
「は?」
「あと、瞳孔が開いてなくて、前髪がVじゃなくて、えーっと……」
本気で引き裂きたいわけではないのを悟り、新八は話に加わるのをやめて静観している。
分かったよ――再び神楽の頭に置かれた手。今度は素直に受け入れらるた。
「できるだけ改めろって伝えとくから」
「まだあるネ。すぐ切腹って言うし、黒い服ばかりだし……」
「そこも気を付けろって言っとく」
「目付きが悪いし、カッコつけだし、偉そうだし……」
次から次に恋人の欠点を聞かされ、少し反論したくなってきた。何と言っても二人は愛し合って
いるのだから。
「アイツにも、いい所はあってだな……」
「……どこアルか?」
「意外に優しいとか……俺が金ない時は奢ってくれるし、そん時は俺が気を遣わないように
安い店だし……付き合い始めたのだって、俺が迷ってんのを察してアイツから告白してくれた
からだし……それに実際見た目もそれなりにいいからカッコつけても様になるし……」
「そうアルか……」
神楽はちらりと銀時の後方に視線を送っていた。
* * * * *
一方こちらは屯所を出た土方御一行。目的地へと急ぐ様に揶揄の気持ちを込めて、
「そんなに早く会いたいんですかィ?」
と沖田が問えば、だから付き合っているのだとふてぶてしく答える。そのうえ近藤に向かって
「そういうもんだろ?」などと聞かれれば、時に勤務中でも愛する人を追う彼は、その通りだと
返答するしかない。
だが沖田は諦めない。正面から嫌味を言うのが無理なら土方を気遣うふりをして――
「こんな時間にいきなり呼び出す男ですよ?土方さんの思いを利用してるんじゃないですか?」
これには近藤が食いついた。
「た、確かに……」
「告白は副長からでしたよね?」
山崎もこれに乗って、一気に疑惑の空気が広がっていく。
「やはりトシの愛を利用して?」
「でもそんなに悪いことしますかね?」
原田の擁護も、
「万年金欠ですし、苦しい時に副長が現れてつい、とか」
「なるほど」
すぐに打ち消された。
行くな、よく考えろ、あの男はやめておけ、ついでに副長も辞めろコノヤロー……口々に余計な
忠告を受け、土方が遂にキレた。曲がり角で立ち止まり、くるりと後ろを振り返る。
「万事屋は人情味と男気に溢れたヤツだ!それを……」
「あ……」
初めに気付いたのは山崎であった。土方の後ろ、曲がり角の向こう側に大きな獣の影。
「そうアルか……」
その直後に気付いたのは神楽である。銀時の後方、曲がり角の向こう側から聞き覚えのある
怒鳴り声。そして残りの者も皆気付く。背後の気配を感じ取り硬直した土方に代わり、沖田は
軽やかなステップを踏んで角を曲がった。
「土方さーん、ここに人情味と男気溢れる旦那がいますよー」
こちらも固まっていた銀時に代わり、神楽がずいと進み出る。
「銀ちゃん、意外に優しくて見た目もいいトッシーのお出ましネ」
「や、やあ……」
「よ、よう……」
ぎこちなく振り向いて片手を挙げて、互いに形だけの挨拶を交わす。沖田が神楽の言葉を引き取って、
「優しくて見た目もいい土方さん、愛する旦那と会えて良かったですねィ」
と、からかえば、神楽もニタリと笑って銀時へ、
「人情味と男気溢れる銀ちゃん、本当にラブラブだったアルな。疑ってごめんネ」
と上辺だけの謝罪をする。
銀時と土方は一瞬視線を交わらせると揃って駆け出した。
「あっ!」
「逃げたネ!」
すぐさま追いかける沖田と神楽。だがターゲットが三軒先の建物に入ってしまい、その追跡は
瞬く間に終了を余儀なくされた。そこは恋人達が愛し合うための宿。中へ入ることも能わず、
神楽は地団駄を踏む。
「そんなふしだらな子に育てた覚えはないネ!」
「無駄な抵抗はやめて出て来い土方コノヤロー」
こんな呼びかけに二人が応答するはずもなく、他の者達に宥められながら帰路へ就くのだった。
秋の夜長の衝撃の告白の話。
(13.11.21)
拍手から「普段はお互いを好き勝手に罵り合ってるのに、他の人がお互い悪く言うと許せない!っていうのが見たい」というコメントをいただきまして、
そのコメントで膨らんだ妄想を形にしたらこうなりました^^ 完璧にコメント通りとはいきませんが、コメント下さったS様、楽しんでいただけましたでしょうか?
この後、おまけでホテルに入った後の二人を書きますので、エロOKな方は少々お待ち下さいませ。
追記:おまけはこちら(注意書きに飛びます)→★