時にそれは愛の告白よりも衝撃の告白で
秋の夜長に大宴会……と、いきたいところだが警察官はそうもいかない。闇に乗じて犯罪を企てる
輩も増えてくる。有事の際に対処できるよう、大人数での飲み会は不可能。更に幹部ともなれば、
いつでも職務に戻れるように業務後も近場に留まることが望ましい。凶悪犯に第一線で向き合う
真選組ともなれば尚更である。
土方もまた、近藤の誘いを断っていた。局長と副長が揃って留守にするのは危険だと。
そういうわけで、今夜は土方の部屋で酒盛りが催された。土方以外のメンバーは近藤、沖田、
原田、山崎。近くの店で買ってきた缶ビールと乾き物でささやかな酒宴の始まり。
乾杯の音頭をとるのはもちろん言い出しっぺの近藤である。
「今日もお疲れさん!乾杯!」
「「かんぱーい!」」
ビールの缶を近藤に向かって掲げた後、互いを労いながら一口。早速脱ごうとする近藤を今夜は
冷えると諫めつつ、土方はさきいかにマヨネーズを塗して口に運ぶ。肴は皆で分け合う形。土方の
前にだけマヨネーズ用の紙皿が用意されていた。
「屋台のおでんが良かったんですけどねィ」
土方さん一人に留守番させて行けばいい、と沖田が言えば、柿ピーも旨いぞと近藤。周りの了承も
とらず柿の種に唐辛子を振り掛けて食べる沖田であったが、そんなことには慣れっこなので誰も
気にしていなかった。
「あーあ、何で仕事終わってまで上司を気遣わなきゃなんねーんでしょうね」
言いながら沖田は土方のマヨ皿にも唐辛子を塗す。それを適当にいなして、
「それは仕事中に気遣かってる奴の言う台詞だ」
尤もなツッコミを入れつつピリ辛マヨネーズにチーズ入り蒲鉾を浸す。「例えば俺みたいに」と
いう山崎の言葉は原田の笑い声に掻き消された。
気心の知れた仲間の集まり。言うなら今だと土方は思う。
ここ一月余り、土方は胸に抱えた秘密をいつ打ち明けようかと気を揉んでいた。
缶を二本空けた辺りが頃合いであろうか……素面では話しにくい。だが泥酔してしまっては
記憶が飛びかねない。せっかく言ったのに覚えてもらえないのでは意味がない。
もう少し、もう少し……いつもよりもペースを落として土方は、場が温まるのを待った。
「副長、進んでませんね」
「そ、そうか?」
空き缶が数本転がりだした頃、土方は未だ一本目。体調でも悪いのかと心配する山崎に大丈夫だと
告げる代わりに一気に缶を空にした。
「おっいい飲みっぷり。さあさあもう一杯」
「ああ」
近藤からビールを受け取る土方を見て山崎が一言、
「怪しい……」
「あ?」
「やっぱり変ですよ。副長、何かありました?」
「何も――」
ないと喉まで出かかって飲み込んだ。今が絶好の機会ではないかと。
「ある、かな……」
四人の注目が一斉に土方へ集まる。興味はないと飲み食いを続ける沖田も耳は確り向いていた。
伝えたかったがこうも改まって聞かれると話しにくい――大したことではないと前置きし、土方は
咥えた煙草に火を点けた。
「今……その、付き合ってるヤツがいて……」
確かに伝えるつもりではあったものだが、いざその時になると尻込みしてしまう。
いっそ、聞き漏らしてくれても構わないくらいのか細い声で言った。
けれど勿論こんな衝撃の告白を聞き逃す者などいやしない。
「いつからですか?」
「せ、先月から……」
原田に詰め寄られ、
「出会いは?何て告白したんです?もしかして向こうから?あ〜羨ましいっ!」
山崎には答える間もなく羨ましがられ、沖田は一先ず黙って様子を伺っている。
「で、何処のお嬢さんなんだ?」
そして近藤から、最も重要な質問がなされた。
ここからが本番――緊張で渇いた喉を潤すため、土方は二本目に手を伸ばした。プルタブを開け
口元に近付け、煙草を咥えたままだったと缶を戻す。
土方の動揺は容易に見てとれ、そうまでさせてしまう恋人とは一体どんな人物なのかと四人は
想像を巡らせて答えを待っていた。
「お嬢さんじゃ、ねぇんだ」
「まさかお坊ちゃんだとでも?」
「……ああ」
「「ええっ!!」」
尋ねた沖田が一番驚いた。由緒ある家柄の娘ではない、程度のことだとばかり。自分の出生を棚に
上げてと嫌味を言ってやろうとしたのに、まさかその前フリでの冗談が当たってしまうなんて……
あまりのことに、
「そうでしたか」
などとつまらぬ返しをすることしかできなかった。
そこで近藤に選手交代。
「とととととし……」
だが近藤も冷静とは言い難い状態で、お前も聞きたいことがあるだろうと原田にバトンタッチ。
「俺っスか?えっとー……い、いつからお付き合いを?」
「それさっき聞いた!まったくもう……」
ここは俺がと山崎が前に出た。その割りには、
「何て人ですか?何処に住んでるんですか?仕事は何を?」
矢継ぎ早に問いを連ねるのみ。しかしこれは土方にとって望むところ。三つ合わせて答えは一つ。
「よ、万事屋」
山崎に怖じけ付くなんてプライドが許さず、正面切って言い放った。震える声をごまかすために
険しい表情になってしまったけれど。
「ちょ、ちょっと待ってて下さい……」
座ったまま畳を押して後退り、部屋の隅で山崎は残りの三人へ集合をかける。
想定外の大事件に発展したと三人は即座に集まり頭を突き合わせた。土方抜きの会議が密やかに、
だが実際は丸聞こえの状態で、始められる。
「今、万事屋って聞こえたんですけど」
「そう聞こえたぜィ」
「俺も」
「俺も」
ここで四人は顔を上げ、土方の様子を確認した。
マヨネーズ塗れの乾き物を肴に缶ビールを傾ける土方は穏やかな表情をしている。とりあえず
伝えるべきことを漸く伝えられたという安堵感からであるが、四人には恋人へ思いを馳せている
ように感じられた。
「トシが幸せなら、俺は、俺はっ……」
近藤が涙ぐめばその背に手を置いて原田も同意を示す。受け入れムードになりつつあるのを山崎が
牽制した。
「待って下さい。まだそうと決まったわけじゃ……」
「何を言ってるんだ。トシのあの顔を見ただろ?」
「でも副長と旦那ですよ?不自然だと思いません?」
「そうだな」
土方のやることなすこと難癖付けずにはいられない沖田は山崎に賛同。何か裏があるに違いないと
息巻いている。
「そりゃあ、副長が男もいけたなんて初耳ですけど……」
原田が揺れ動けば近藤も不安になってきた。弱みを握られて渋々……という感じには見えないが、
まさか騙されているのではないか、いいように使われているのではないか、向こうは金目当てなの
ではないか――取り調べる必要有り、四人の意見は合致した。
「トシ、ちょっといいか?」
「ああ」
ガバッと立ち上がった四人は土方を取り囲むようにして腰を下ろす。正面に近藤と沖田、両脇を
原田と山崎が固め、万全の聴取体制を敷いた。
「万事屋と付き合っているのは事実なんだな?」
「ああ」
「坂田銀時がお前の恋人で間違いないか?」
「ああ」
「ほっ本気なのか?」
「ああ」
そう簡単に受け入れられねぇか――当然のことと土方は甘んじて聴取を受ける。それは土方自身、
銀時へ抱く感情を認めるのに三年かかったから。これは違う、そうじゃないと否定し続け蓋をして
遂に、無視できないほど膨れた思い。打ち消すのを諦めたと言った方が正しい。
そして気付けば相手も同じ理由で悩んでいて、共に堕ちようと誘ったのは土方だった。
それが先月のこと。
そうして二人きりで秘かに育んできた思いは瞬く間に二人でも抑え切れなくなり、身近な人にも
知ってほしくなった。
やすやすと容認しがたい関係であることは百も承知。祝福されなくても構わない。ただ知って
ほしいだけだった。
「新八くん達は知っているのか?」
「さあ……時期を見てアイツから話すことになってる」
「そ、そうか……」
土方は銀時を信じきっているように見え、近藤は何も言えなくなってしまう。元より自分は
とやかく言える立場ではないのだ。不安は拭い去れないものの、銀時なら大丈夫だという安心感も
何処かであった。
「いきなりこんな話して悪かったな」
「そっそんなことはない!話してくれて良かった!」
「特に、何かをしてもらいたいわけじゃねぇ。ただ、知っておいてもらいたかったんだ」
「お、おう」
長い付き合いゆえ、土方の気持ちを悟れてしまう近藤は胸が締め付けられる。
危険な仕事に就いている身の上。何時「その日」が来ても不思議はない。その時には知らせが
行くように、法律上は無関係なアイツの元へ――
近藤の目から涙が溢れた。
「安心しろトシ!俺達が盛大に祝ってやるからな!」
「俺もですかィ?」
「当たり前だ!」
「いや、そういうのはいいから」
「何を言うか!相手が貧乏で酒と賭博と借金塗れで下品でガサツで病気持ちで前科者でバカで
アホでマヌケだったとしても、トシが選んだ男なら、俺は祝福するぞ!」
「……それ、祝福してんのか?」
事実には違いないがもっとマシな言い方があるだろう。祝福など到底考えていない沖田まで
乗っかってしまった。
「俺も、こんな腐れニコ中マヨネーズ馬鹿をもらってくれるなら、天パでもドSでも歓迎します。
ついでに副長の座を明け渡して引退したらどうです?」
「お前なァ……」
「ハッハッハ……総悟も心配性だなァ。大丈夫!愛の力でトシは長生きするさ!」
沖田の言葉をどう聞けば「心配性」などと思えるのか……盲目に前向きな近藤。こうなっては
誰も止めることなどできない。原田と山崎も巻き込んで祝いの宴計画が進行しようとしていた。
土方の携帯電話が鳴ったのはそんな時だった。天性の勘で本人より早く電話を手にした沖田。
画面には「非通知」の文字。迷いなく通話ボタンを押した。
「はい」
「総悟てめっ……返せ!」
電話の相手に予測がついているから土方は早く携帯電話を奪い返そうとするも、沖田はひらりと
かわして話し始める。
「問題ない。ちょうどお前の声が聞きたいと……あれ?バレました?……ええはい。ついさっき」
予想通り銀時からのようだ。土方のフリをしたらしいがすぐに気付かれたらしく、それならばと
土方は黙って成り行きを見守ることにする。
「で、ご用件は?……土方さん、厠から帰って来ないんですよねィ……あ、やっぱり奴がネコ
でしたか……え、両方?」
「何話してんだてめェェェェェ!」
「ああ気にしないで下さい。盛りの付いた雌豚が叫んでるだけでさァ。ていうかお二人さん、
先月からって聞きましたけどもうヤることヤって、あ……」
ドS同士を話させると碌なことがない――土方は電話機を奪い返した。
「もしもし……ああ。お前、総悟に変なこと吹き込むなよ……ん?……ああ。……おう」
電話を切った土方は「出掛けてくる」と部屋を出る。
このタイミングでの外出、どうぞいってらっしゃいなどと見送られるはずもなく、結局、四人を
伴って屯所を出ることになった。
そもそも部屋で飲んでいた理由が……今の土方に彼らを窘める権利はなく、そのまま繁華街へ
向かうのであった。
(13.11.16)
初めてって色々な萌えがあります。今回は初めての公表です^^ 実はコメントリクからなのですがリク内容は後編で。
続きは暫くお待ち下さいませ。
追記:続きはこちら→★