花のキューピッド


朝の万事屋。いつものように、天気と占いコーナー目当てでニュース番組を視聴しながらの朝食。
毎度お馴染みの光景であるのだが、ここ最近、銀時の様子がおかしかった。

『今日も元気でいってらっしゃーい』
「…………」

憧れのアナウンサーの言葉にも殆ど反応を示さず、ただ箸が茶碗と口元を往復するのみ。
カチャリと箸が茶碗の底に触れれば、次は小鉢に持ち替えてまた行ったり来たり……見兼ねて
新八と神楽で結野アナの出演を告げても、「ああうん」と気の抜けた返事。
食欲だけはあるようだから今日まで様子見を続けてきたけれど、流石に心配になってきた。
銀ちゃん、と神楽が呼び掛けるもやはり返事は「ああうん」。銀ちゃん銀ちゃんと呼びながら
両肩を揺さぶってみた。

「……なにすんだよ」
「銀ちゃん!」

漸く「ああうん」以外のことを言ったと神楽の瞳は煌めく。

「銀ちゃん最近変ネ。結野アナも全然見てないアル」
「けっけつの穴なんか見たくねーよ!」
「違いますよ銀さん。アナウンサーです。結野クリステルさん」

やはり変だ――新八と神楽は思う。

「何かあったんですか?」
「ななななナニかって!?」

しどろもどろになる銀時に何かあったのだと確信する。

「いや分からないから聞いてるんじゃないですか」
「ななな何にもねーよ!」
「何がないネ?」
「何ひとつねェんだよ!あるわけねーだろ!俺と土方は……っ!」

まずいと慌てて口を噤んだものの時既に遅し。やっとのことで出てきた意味のある言葉を二人が
聞き逃してくれるはずがなかった。

「土方さんと何かあったんですか?」
「なーんにも!つーか銀さん寝てただけだからね!」
「寝てた?」
「いやいや何でもねぇ!忘れろ!今のなし!」

そう言われても一度発した言葉がなくなるわけもなく、

「まさか銀ちゃん、ケツ掘られたアルか?」

大人の世界に興味津々の少女が半分冗談のつもりで発した言葉に、ぴしりと固まってしまった
銀時は全身でそれを肯定しているようなものだった。

「ぎ、銀さん……」
「ちちちち違う!掘られてはいない!」
「じゃあ掘ったアルか?」
「それも違う!絶対に違う!俺は無実だっ!」
「……何があったか、話してくれますね?」
「う……」

窘めるように言われてはもう観念するしかなかった。
長イスに座り直した銀時の向かい、新八と神楽も姿勢を正して固唾を飲む。

「先月……長谷川さんと飲みに行ったら、たまたま同じ店にアイツが部下と来てて……
丁度いいから奢らせようと……どうせ部下の分は払うんだから一人二人増えても構わないだろうと
……そんで、まあ……タダ酒だからってしこたま飲んで……気付いたら宿の布団にいた」

それでその、と遠慮がちに新八が問う。

「土方さんも、同じ所に?」
「……ああ」
「何か、言ってなかったんですか?」
「別に……。俺が起きたら宿代置いて行っちまった」
「じゃあ何もなかったのかもしれないんですね?」
「何もないのにホテルに連れ込むはずないネ」

そこが銀時もひっかかる所なのだ。土方との関係からすれば、銀時が酔い潰れたところでそのまま
放置されても文句は言えないし、仮に気まぐれで介抱してやるにしても万事屋へ送ってくれれば
いいだけのこと。わざわざ宿を取って、しかも同じ部屋に泊まる必要はないはずだ。

「けどまあ、何もなかったんじゃねーかな」

あの日、目覚めた時にはきちんと服を着ていたし、身体に違和感もなかった。
しかも泊まったのはツインルーム。だからおそらく何事もなかったのだと思う。
けれど実のところ、銀時が問題としているのはそこではない。

目覚めたらホテルのベッドなどというお約束のパターン。同じ部屋に泊まったらしい男は「あまり
飲み過ぎるなよ」とだけ言って出て行ってしまった。一人取り残されてから徐々に頭の中が
クリアになって、土方とここで一晩過ごしたらしいことを理解して、何事もなかったようだとも
確信して……勿体ないことをしたと思ってしまった自分に驚愕。
土方に対して特別な感情を抱いてはいなかったはずなのに、このチャンスをものにできなかった
ことが酷く残念でならなかった。

それからは、寝ても覚めても土方のことばかり考えている。

「銀ちゃん、トッシーのこと好きだったアルか?」
「えぇっ!?」
「は、はぁ!?」

まだまだ子どもだと思っていたが「女の勘」は立派に働くらしい。
神楽の発言に男二人はほぼ同時に驚きの声を上げた。

「ななな何言ってんだよ。そそそそそんなわけねーだろ!」
「だって銀ちゃん、何もなかったって言ってるのに全然嬉しそうじゃないネ」

言われてみれば、と新八からも見詰められ、銀時の額に嫌な汗が滲む。

「そっそれは、何もなくても土方なんかに借り作ったのが嫌なだけだ!」
「じゃあこっちから謝ればいいネ」
「そうですよ。迷惑掛けたのは事実なんですから」
「いやでも……」

確かに、「この前は世話になったな」と宿代の半額分でも渡してやれば借りもなくなる。
だがその「なくなる」ことに気が進まず、今日までずるずる来てしまった。

「あ〜……」

頭を抱えて髪を掻き乱す銀時の両脇に新八と神楽が腰を下ろす。

「素直になれヨ」
「銀さんが本気なら、僕らは応援しますよ」
「うー……」

やはりそうなのだろうか……自分は土方に惚れている?
あの日、何かあったとしても嫌ではなかったように思う。むしろ、何かあれば「次」につなげ
やすかったのにと思ったこともある。つまり……

「そうなのかなぁ……」
「分からないんですか?」
「爛れた恋愛ばっかしてるからネ」
「いや、でもなぁ……俺の理想はお淑やかなのに脱いだら凄い感じの美人であって、瞳孔開いた
チンピラ警官なんかでは……つーか男だし……」
「ならトッシーとデートしたくないアルか?」
「でぇと!?」

土方と仲良く酒を酌み交わすところを想像し、銀時の心臓はどくりと脈打った。

「したいんでしょ?」
「……したい、かも……」

遂に自分の気持ちと向き合った銀時。新八も神楽も良かった良かったと、まるでもう思いが
通じ合ったかのようなはしゃぎようで、

「今日は銀ちゃんに好きな人ができたお祝いネ!」
「は?」
「そうだね。まずはお赤飯かな」
「おいおい……」
「私と新八で準備するから、銀ちゃんは定春と散歩しててヨ」
「あのなァ……」

文句も言わせてもらえず、銀時はリードを握らされて外へ出されてしまう。
ソメイヨシノの開花宣言から一週間。八分咲きの桜の木の下を行き交う人々は誰もが幸せそうに
見えるのに、銀時の心は何故だかすっきりしなかった。


*  *  *  *  *


定春を連れて土手までやって来た銀時は、そこでごろりと横になる。
見上げた空は清々しく澄んだ青で、淀んだ心に突き刺さる。

「ハァ〜……」

この重苦しさは何だ。結野アナの笑顔でも癒されないこのモヤモヤとした感じは一体……
すぐ横に寝そべる定春の毛並みを撫でながら、銀時は深い溜息を吐いた。
好きな人ができたらもっとドキドキワクワクするものだと思っていた。まさかもう、恋愛で
はしゃぐ歳ではないということか?
イヤイヤそんなはずはない。銀さんは永遠にピチピチの二十代なのだから。
ならば何故こんなにも気が沈むのか――銀時は考える。

性別?

確かにそこは少し引っ掛かるところだ。
他人事なら「お互いが良けりゃいいんじゃね?」と思ってたのだが、いざ自分がそうなると
簡単には割り切れないところもあるような……新八も神楽も意外とすんなり受け入れてくれた
けれど、内心では気持ち悪いなどと思いはしなかったのだろうか。
お前はどう思う?と隣のモフモフに投げかけてみても、わう、と返ってくるだけ。

「真昼間からフランダースの犬ごっこですかィ?」
「あ?」

頭上から降ってきた沖田の声。人の気配は二人分――今はまだ、どう出るか決めてもいないのにと
心の中で呟いてみてもソワソワウキウキ落ち着かない。
早く顔を上げて、白いもふもふ以外を視界に入れたくて仕方がない。
厄介な感情が芽生えてしまったものだ……銀時は殊更億劫そうに起き上がり、振り返った。

「ルーベンスの絵は見られましたか?」
「…………」

沖田の隣に立つのは、滑らかな黒髪に中央だけ長い前髪、黒い制服をかっちり着こなし、
この機に沖田がサボるのではないかと危惧している……山崎だった。

銀時は再び上半身を定春に預ける。

「誰が絵描き少年だ……」
「頭の中身だけは少年のままかと」
「銀さんは立派な大人ですー」

肩透かしを食らい、体もツッコむ台詞にも力が入らない。

「行こう、定春」

これ以上、アイツと似て非なるヤツらに構っていれば自分がどうにかなってしまいそうだ。
もう家に戻ろうと銀時はのっそりと立ち上がる。

何処からか飛んできた桜の花びらが川面を流れ、いつもの土手を春色に染めていた。

(13.03.22)


何度書いても馴れ初めが好きです^^ 後編には土方さん出てきますので、アップまで少々お待ち下さいませ。

追記:続きはこちら