ごまかすよりも黙秘権の行使を
先立つ物も食料も底を突き、電話は使用料が払えずに一週間前に止まったまま。危機に瀕した
万事屋の三人は仕事を求め町を歩いていた。
食事の方はツケで何とかなるが今欲しいのは現金の方。これ以上電話の不通状態が続けば、
数少ない依頼も逃しかねない。こうしている今だって依頼人から連絡が入っているかもしれない。
早く日雇いの口でも見付けなくては……
そんな彼らの目に留まったのは、制服姿の近藤と土方。遅めの昼食だろうか、定食屋へ入ろうと
しているようだ。上手くいけば食事も職も得られる……万事屋一行は二人に近付いた。
「おいそこのゴリラとマヨラ」
およそ友好的とは言えない態度で呼び止めたのは神楽。土方は眉間に皺を寄せただけだが
近藤は笑顔で挨拶を返す。
「やあ。君達も昼飯か?」
「奢られてやってもいいアルヨ」
「ちょっと神楽ちゃん……」
これから世話になろうとしているのだからと新八がフォローに入る。
「すみません。実はその……何か、僕らにお手伝いできることがないかなぁと思いまして……」
「まっ、立ち話もなんなんで……」
詳しくは店の中でと定食屋の引き戸に手を掛ける銀時を土方が睨みつけた。
「集りか?」
「そっそんなつもりでは……」
「ただちょっとお前らの奢りで飯食いつつ楽に稼げる仕事を依頼してもらうだけだから」
やっぱり集りじゃないかと銀時に掴み掛かる土方。
「つーかお前……」
「あ?」
「金がないなら新しい着物なんて買ってんじゃねーよ」
「これはずっと着ないでとっておいたヤツですー」
近藤はもちろんのこと、毎日一緒にいる新八と神楽から見ても銀時の格好はいつもと同じ。
何故土方には違いが分かるのだろう。何故銀時は分かられたことを不思議に思わないのだろう……
他の三人が言葉を失っているのも気付かず、土方と銀時の言い合いは続く。
「すぐ着ない服まで買う甲斐性がテメーにあったのか?」
「ある時にはあるんです〜」
「なら従業員にちゃんと給料やったらどうだ?」
「偶にやってますぅ」
偶にではなく定期的にもらいたいと思う新八であったが、一先ずツッコまないで二人の様子を
見ていることにした。
「つーかお前また別の靴履いてんじゃねーか……金の使い途ねェなら銀さんが使ってやろうか?」
「あ?靴は同じの三足でローテーションしてんだよ。続けて履くと傷みが早いからな」
銀時は「別の靴」だと言ったが土方は「同じ」だと言う。つまり、同じ種類の別の靴を履いている
ということらしい。しかも銀時には見分けがつくらしい……毎日同じ靴を履き続けているとばかり
思っていた近藤も黙って成り行きを見守るしかなかった。
「じゃあ俺のブーツも傷む前にあと二足よろしく」
「テメーで買え」
「分かった分かった……買って来てやるから金寄越せ」
「テメーで買え!」
「仲いいアルな」
「「は?」」
ついに我慢できなくなった神楽が割って入る。銀ちゃんの着物もマヨラーの靴も正直どうでも
いいけれど、食事の時間が遅れるのは許せない。二人が意外に仲良しだから、これはもう奢って
もらえるに違いないと会話を断ち切ったまで。だが何故か二人は慌て始めた。
「ななななに言ってんの神楽ちゃん……?」
「こっこんな腐れ天パと仲がいいわけねーだろ!」
「でも僕、銀さんの服が新しくなったの気付きませんでしたよ」
「俺もトシの靴のこと知らなかったなー」
「そそそれはだな……」
新八と近藤も加わったことで二人は本格的に焦りだす。お前真選組の頭脳だろ何とかしろと
小声で丸投げされ、土方は考えを廻らせる。着物と靴を使ったエピソードを何か……
「こっこの前、コイツが俺の靴をわざと踏み付けやがるからやめさせようと刀振ったら着物の
裾が切れて……」
「オメーの刀なんか目ェ瞑ってたって避けられるわ!お前ばっかいい役にしてんじゃねーよ!」
「るせェ!だったらテメーで考えろや!」
「ああ考えてや……」
気付けば遠慮なく言い争ってしまい、我に返った頃にはもう後の祭り。
「やっぱり仲良しアルな」
「いいいやその……」
「別にいいじゃないですか」
「そうだぞ。トシと万事屋は気が合いそうだと前から思ってたんだ」
「ああああのな近藤さん……」
「まあまあ積もる話は中でするネ」
神楽に背中を押され、皆で定食屋へ入って行った。
カウンター席に五人が並ぶ。銀時と土方を隣り合わせてその外側に新八と近藤。
一番端に座った神楽はいち早く丼飯を掻き込み始めている。
「言われてみれば、トシが一人で出掛けること増えたよな。万事屋と会ってたのか?」
「まっまあ、何回かは……」
「もしかして、銀さんにお金がない時とかご馳走してくれました?」
「まっまあ、何回かは……」
「あ、先週の金曜は珍しく朝帰りだったよな?あれも万事屋と?」
「そういえば銀さんも確か……」
「「違ェよ!」」
店の中だというのも忘れて大声で否定する二人は、ハモった、息もぴったりだ、この仲良しめと
囃し立てられてあたふた。しまいに銀時から、
「言っとくけどコイツはただのダチだからな!」
最も余計な一言が飛び出てしまって、これには聞いてるだけだった神楽も箸を止める。
「ただの友達じゃないアルか?」
「たっただの友達だ!純然たるただの友達ですが何か!?」
明らかな動揺を見せる銀時は、顔に「ただの友達じゃありません」とでも書いているよう。
バカ――銀時にしか聞こえぬようボソリと言って土方は嘆息した。
「友達じゃないなら何アルか?友達以上か?友達以上恋人未満か?むしろ恋人以上アルか?」
「神楽お前、ちょっと黙ってて……」
矢継ぎ早に核心を突いてくる神楽。最早取り繕うことは不可能で、しかし他の客の目もあるから
個室に移らせてもらおうかと銀時が店主に空き状況を尋ねれば、「先週の部屋も空いてるよ」と
からかい混じりに簡易宿となっている二階を指差し――会話を聞かれていたらしい。
二人が会うのは大抵この店だった。顔の売れてる土方と顔の広い銀時が秘密で会える場所など
限られていて、互いが個別に利用したことのある店で偶然を装い落ち合っていたのだ。
しかし「偶然」も続けば店主に怪しまれ、仕方なく事情を話して協力してもらっていた。
「こういうことは堂々とした方がいいってオジちゃんは言ってたんだよー」
「えっ、じゃあ銀さんと土方さんはよくここに?」
「客の話に入って来んな!奥の座敷、借りるからな!」
銀時は強引に話を切って店の奥へ。次いで神楽と新八が。その後を無言の土方と近藤が続いた。
土方と銀時の向かいに近藤、神楽、新八の順に座り、年長者の近藤が改めて話を切り出す。
「それで……二人はその……友達以上の関係ってことでいいのかな?」
「生温いアル!もっとズバッと聞いてやるネ!」
「でっではその……お付き合い、してるのかな?」
近藤自身、寝耳に水の事態に困惑していて神楽に言われるがまま。聞かれた二人は、お前が言え、
いやお前が言えと視線を交わし合い、最終的に土方が「ああ」と気まずげに肯定の返事をした。
「ほっ本当なのか、トシ!」
「す、すまない……」
「おいこらマヨラ、銀ちゃんと付き合うのが謝ることアルか」
「いやっ……黙っていて、すまないと……」
「いつからなんですか?」
新八が銀時に問う。
「半年くらい、前……」
「そんなに前から!?何で教えてくれなかったんですか?」
「だって、コイツだし……」
ちらちらと隣に視線を送りつつ答えれば、トシの何が悪いのだと近藤が激昂。
「そういう意味じゃねーよ!」
「じゃあどういう意味だ!」
「…………言ったら、ビックリすんだろ」
ああくそと投げやりな態度に見えるが声は真剣そのもので、三人はぐっと身を乗り出して聞く。
「男同士とか、そういうのは置いといても……コイツと俺が一緒にいる時点で有り得ねェだろ。
なのに、こういう感じになって……俺は別にいいんだよ。……いいからこうしてんだし。けど……
お前らには、何て言やァいいのか分かんなかった」
土方も同じだったのだろうということは、銀時の話を聞いているその表情から見てとれた。
当人達の気持ちも理解できるし、実際、二人がそういう関係だと知って非常に驚いた。
本気でいがみ合っているわけではないが、常に喧嘩ばかりしている二人。その二人がただならぬ
関係だなんて、ちょっと言われたくらいでは信じられなかったかもしれない。
こんな話を長々とするのも照れ臭いし、ならば何もないことにしたくなるのも分からなくもない。
結果として話してくれたのだからいいかと二人を認めつつある空気の中で、神楽だけは我が道を
邁進していた。
「何で付き合うことになったアルか?」
「それ……言わなきゃだめか?」
「言えないアルか?もしかして、酔った勢いでずっぽりいってしまって責任取ったアルか?
どっちがいったアルか?銀ちゃんがマヨにずっぽりか?マヨが銀ちゃんに……」
「どっちも違ェよ!」
だから内緒にしていたのだと項垂れる銀時を一瞥して土方が、自分から交際を申し込んだのだと
告げてやる。
「お前、銀ちゃんのこと好きだったアルか?」
「……だから付き合ってんじゃねーか」
「銀ちゃんは?銀ちゃんもマヨのことずっと好きだったアルか?」
「あー……まあ、うん……」
「どのくらい好きアルか?世界で一番愛してる?結婚したい?」
「まっまあ、そう……かな?ねえ、土方くん?」
「そそっそうだね、坂田くん……」
好奇心に任せて質問を続ける神楽に二人を気の毒だとは思いながらも、隠し事をした報いという
ことにして密かに楽しんで見ている近藤と新八。
「恋人同士なのに何アルかその呼び方……ちょっと下の名前で呼んでみるネ」
「はあ!?」
「何でンなことしなきゃなんねーんだよ!」
「いいから呼ぶアル!」
バキバキと拳を鳴らされて、二人は渋々、銀時、十四郎と相手の名を口にする。
「いい歳したオッサンが赤くなってキモイアル」
「オメーが恥ずかしいことさせるからだろ!」
「名前呼ぶくらいで恥ずかしがるのがキモイアル。どうせもっと恥ずかしいことしてんだろ?
折角だからここで誓いのキスでもすればいいネ」
「「誰がやるかァァァァァァ!」」
これ以上は無理――後のことなど考えず、二人は店から逃走した。
(13.03.06)
基本的にいつも同じ格好の二人ですが、実はこっそり見分けがついていたら萌えるなと思ったんです。そこにケンカップル要素をプラスしたらこうなりました。
これの続き……というか、おまけのリバエロ書く予定です。よろしければアップまで少々お待ち下さいませ。
追記:おまけのリバエロはこちら(注意書きに飛びます)→★