※「純情な二人の意識改革」の続きです。
とある年の春の出来事。銀時と土方が交際を始めて二年半が経過していた。それは同時に、
二人の仲を深めようと周りの者達が作戦会議を重ねてきた期間でもあった。
そしてもちろん今日も仕事の合間を縫って、神楽・沖田・新八・山崎の四人は集まったのだが
真選組二人の表情は暗い。
「何かあったんですか?」
「それが……副長、出張することになっちゃって……」
新八の問いに山崎が答える。
「長いんですか?」
「順調にいっても半年……」
「半年!?」
「そんなに離れちゃ、折角慣れたのが台無しだろ」
「なら銀ちゃんが会いに行けばいいネ!」
「そうだね!頑張って稼げば一人分の旅費くらい何とか……」
それにいつもと違う場所で会えば二人の気分も盛り上がり、後退どころか大人の関係に
近付けるかもしれない。だとしたらこれは大きなチャンスではないか。
「できたらいいんだけどね……」
「無理なんですか?」
「副長が行くのはハメック星って言ってね……」
「宇宙なんですか!?」
「それならもっさんに宇宙船借りればいいアル」
「もっさんが何者か知らないけど……ハメック星は今、民間人が立ち入れない星なんだよ」
山崎の説明によると――ハメック星は煙草の製造で栄えた星であったのだが、ブリーザという
悪者に土地を荒らされ、民は傷付けられ、他の星へ逃げた者も多かった。
ひょんなことからブリーザは捕まり、現在は静けさを取り戻しているけれど、収入源を断たれた
ハメック星が元の活気を取り戻すには他からの支援が不可欠で、この国からも人と物、両方の
「救援物資」を送ることになった。
そんな状態なので一般の旅行客を受け入れる余裕などはないらしい。
「それで、役人の中から色々な分野に秀でた人を集めてハメック星の復興を手伝おうって
ことになって、ウチからは副長が選ばれたんだ」
「凄いじゃないですか」
銀時との関係を思えば残念なことかもしれないが、世界平和に比べたら小さなこと。
「土方さんって、本当に優秀な人なんですね」
「副長は一応農家の出だし、その辺に詳しいってことも選ばれた理由の一つなんだけど……」
山崎はちらりと沖田に視線を送ってから「ブリーザ倒した英雄なんだよね」と言った。
「えぇっ!どういうことですか!?」
「トッシー、実はパピーみたいなエイリアンハンターだったアルか?」
「違う違う……」
またちらりと沖田を伺う山崎。
沖田は舌打ち一つして、屯所内禁煙令に端を発した土方の喫煙への執念が成した奇跡を
話して聞かせた。
「えっ、じゃあ……煙草が吸いたくて宇宙の悪を退治しちゃったんですか?」
「そうなんだよ」
「つまり、お前が余計なことしたからトッシーは出張アルな?」
「…………」
「まっまあでも、土方さんはいいことしたんだから」
せめて見送りは盛大に……出発の日時を確認してこの日の会議は終了となった。
純情な二人と離れ離れの先に
出発の日。万事屋一行は土方を見送りにターミナルへやって来た。
「土方、これ……」
銀時は御守りの束を手渡す。土方から出張の話を聞き、効果があると言われるものを
片っ端から購入した。中には安産祈願や学業成就の御守りもあるのだが要は気持ちの問題。
土方が無事でいてほしいという銀時の思いが篭っていた。
「ありがとう坂田……。なるべく早く帰ってくるから」
「気を付けて」
「ああ」
手を取り合い、見つめ合う二人。人前でこのようなことをしたのは初めてのこと。
だがこの時ばかりは周りの者もそれを囃し立てたりはしない。別れを惜しむ恋人達を
静かに見守っていた。
* * * * *
「銀さん、今日は迷い猫の捜索ですよ」
「んー……」
「写真、ちゃんと見たアルか?目の上に眉毛みたいな模様がある猫アルよ」
「んー……」
土方の出張から一ヶ月、銀時は「心ここに在らず」状態が続いていた。新八と神楽が何を
言っても生返事しかせず、空を見上げる日々。依頼はほとんど二人で熟していた。このままでは
いけない。何とかしなければと二人が頭を悩ませていたところ、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
新八が出ていくとそこには郵便配達員がおり、銀時宛ての手紙を一通置いていった。
送り主を確認した新八は笑みを浮かべて居間へ駆け戻る。
「銀さーん!土方さんから手紙です!」
いざという時の煌めきを瞳に宿し、銀時は奪うように新八から手紙を受け取った。
「土方の字だ……」
宛名を見ただけで感動のあまり涙ぐむ銀時。
「トッシー、きっと着いてすぐそれ書いたアル」
星々を飛び回る父と手紙のやり取りをしている神楽は、他の星から手紙を送るのがいかに
大変かを知っていた。
銀時は貴重品を扱うかのように細心の注意を払って封を開ける。
手紙の内容は以下の通り。
拝啓 春暖の候 いかがお過ごしですか。出発前にいただいた御守りのおかげで無事に
ハメック星へ到着いたしました。こちらは江戸よりもやや気温が高いものの湿度は低く、
比較的過ごしやすい陽気です。できるだけ早く役目を終えて江戸へ戻りたいと思いますので、
待っていてくだされば幸いです。
敬具
坂田銀時様
「土方……」
読み終えた銀時の頬を涙が一筋流れ落ちる。
「手紙、良かったですね。猫探しは僕と神楽ちゃんでやりますから、銀さんはお返事書いたら
どうです?」
「書く」
「じゃあ行ってくるアル」
いそいそと机の引き出しを開ける銀時に二人も心弾ませて猫探しに出掛けた。
一人になった万事屋で銀時は筆を握る。
拝復 新緑の候 無事に到着されたようで安心しました。
こちらは変わりなく過ごしています。先日は貴方の誕生日でしたね。帰ってきてから
お祝いさせてください。いつまでも待っています。
敬具
土方十四郎様
その後も土方からの手紙は数日おきに届いた。先の銀時の返事がハメック星に届くには
約一ヶ月の時間を要するので、返事を待たずに次々と送っていたのだろう。
銀時も届く度に返事を書いていった。
始めは手紙が届くだけで幸せだった。
相手の無事を知ると同時に自分のことも忘れられてはいないと分かる。
けれどそれが何ヶ月も続くにつれて手紙だけでは満足できなくなっていった。
それどころか手紙を見る度に相手が近くにいないのだと思い知らされて苦しくなっていく。
会いたい。
銀時がただ一言本音を綴った手紙を投函した数日後、土方の帰国が決まったと沖田経由で
連絡が入った。
「いいいいつ?」
「落ち着きなせェ……三日後の、十月九日に帰ってきます」
「九日だな?」
「はい。十日が恋人の誕生日だと話したらそれまでに帰れと言われたみたいです」
「えっ……」
「良かったですねィ、恋人さん?」
「……うん」
そこからの銀時は恋人の帰国を心待ちにしながら、常以上の気合いで多くの依頼を熟していった。
* * * * *
「土方っ!」
「坂田!」
十月九日の夜、土方の乗る船がターミナルに到着した。一時間以上前から到着ロビーで
待っていた銀時は恋人の姿を見るなり駆け寄る。
土方はいつもの着流しの上に、ハメック星のものだろうか、枯茶色のマントのようなものを
羽織っている。自分を呼んで手を振る姿に土方も駆け寄った。
久方ぶりの逢瀬を喜び手を取り合う恋人達。はにかみながら銀時が言う。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「えっと……ウチ、来てくれる?」
「坂田がいいなら」
「もちろん!……あっ、でも何の準備もしてない。ごめん……」
土方に会えるのが嬉しくて嬉しくて迎えに行くことしか考えていなかった。大きな仕事を
終えて長期の出張から帰って来たというのに……そんな銀時の不安はすぐに払拭される。
「何も、いらない。一緒に、いてくれれば……」
「土方……」
きゅっと銀時の手を握り直し、土方は駕籠(タクシー)乗り場へ向かった。
こんなに人の多い場所で手を繋いだまま歩くのは初めてだけれど、今はこの繋いだ手を
離したくはなかった。
* * * * *
「本当にごめんね。何もなくて……」
万事屋の玄関。新八と神楽は気を利かせて留守にしていて、銀時はブーツを脱ぎながら
もう一度謝った。
一足先に板の間へ上がった銀時に手を引かれる形で土方も上がる。
そしてもう一方の手も取り、銀時を正面から見詰めた。
「おっ俺は……」
けれどずっと目を合わせていることは恥ずかしくて、続きはやや視線を落として。
「坂田に会えたから、それで……」
「土方……」
「手紙は、嬉しかったけど……それだけじゃ、もう……」
「俺も、早く会いたかった」
「坂田……」
また少しだけ目を合わせ、そしてゆっくりと目を閉じながら二人の距離が縮まる。
その距離がゼロになった時、これまでであれば即座に離れていくのだが、相手の後身頃を
掴んで愛しい人の存在を噛み締めていた。
そうして凡そ一分間―二人にしては驚くほど長い時間―口付けを続けるうちに、自分の身体の
変化に気付く。体温が上がり脈も早い。いつも恋人と会う時は緊張してそうなるけれど、今日は
漸く会えた安堵感の方が勝っていたのになぜ今になって……
「「ハァッ……」」
熱い息を吐き出して口付けを解いて、けれど身体は抱き合ったまま、相手の肩に頭を預け
目を閉じた。
こんなに長い時間、恋人に触れているのは初めてのこと。今まで、寝る時だって手を繋いでは
いたものの、こうして全身触れ合うとなると一瞬が限界だった。
それが今、離れたくないという思いが激しく打ち続ける鼓動にも勝っている。
「「ハァッ……」」
身体が熱い。でも離れたくはない。
相手に触れている所から熱くなるこの感覚。交際開始から三年……この三年間、羞恥心に
包まれて見えなくなっていた感覚に似ている。それは、生物としての本能とも直結する感覚。
「「――っ!」」
その感覚の正体をほぼ同時に悟った二人は咄嗟に相手から離れた。だが、突如として自らを
支配した感覚に驚嘆し、相手も同じく離れていったことに気付かず、いきなり離れて気を悪く
させたのではないかと心配になっていく。
「ごっ、ごめん!」
「すまん!」
謝れば謝られて、二人の間に奇妙な空気が流れた。よく分からないが急に離れたことを咎める気は
ないらしい……それなら良かったとやや落ち着きを取り戻したところで、未だ玄関にいたまま
だったと思い至る。
二人はいつものように手を繋いで居間へ。
「出張、お疲れ様」
「ありがとう」
手を繋いだままソファーに並んで腰掛ける。いつもなら幸福感に満ちて安らぐはずなのに
また胸が高鳴っていく。繋いだ手から熱が生まれる。もっと相手に近付きたい。抱き合って、
キスをして、それから……
先に動いたのは土方であった。
「さっ坂田」
「なにっ?」
「その……きっキス、していいか?」
「え?いっいいよ」
物欲しそうに見えたのだろうかと一抹の不安を感じつつも、土方の方を向いて目を瞑る。
片手は繋いだまま、もう一方の手を銀時の後頭部にふわりと添えて、土方は銀時の唇に己の
それを重ねた。
「…………」
やはり変だ――口付けながら土方は思う。唇同士が触れ合えばそれで満足するはずなのに、と。
自分達の感覚ならもうとっくに「キス」は済んでいて、早く離れなければ銀時が困るに違いないと
考えてはいるものの離れがたい。
「…………」
おかしい――口付けられながら銀時は思う。土方とのキスは、こんなに風に熱くなるものでは
なかったのに、と。早く離れなければ、この熱が更に高まれば、土方を傷付けてしまうかもしれない。
「っ……」
両腕を突っ張って強引に土方との距離を開ける。
「あ……す、すまん!」
「違っ……」
長く口付けたせいかと土方が謝ると、そうではないと銀時が慌てて訂正した。
「いや……俺がいつまでも、キス、してたから……」
「違うんだ。それは、嫌じゃなくて……でも、このままだとマズくて……」
「まずい?」
「俺、今日、ちょっと変なんだ。何つーか、その……ずっと、くっついてたいとか思ってて……」
「えっ!」
「だ、だから、これ以上きっキスすると、もっとしたくなる、かも……」
「坂田……」
土方は銀時の手を取った。
「だっだめだよ、離して!」
「俺も同じだ!」
「えっ……」
「今日は、離れたくない」
繋いだ両手に視線を落としながらもハッキリと言い切る。
「土方……」
「半年も会えなかったから……」
「……その分、くっついてもいい?」
「俺も、そうしたい」
「そうしよっか?」
「ああ」
土方が手を離すと、銀時の腕は土方の背中へと伸びた。土方も銀時の背中へと腕を伸ばし、
二人は確りと抱き合う。
けれど腰掛けた体勢では玄関の時のように密着できなくて物足りない。かといって、そのために
立ち上がるというのもおかしいから……相手もそう感じてくれていたらと祈りを込めて銀時は
口を開いた。
「あの……ふっ布団、行かない?」
口に出して即座に後悔した。まだそんなに大それたことをするつもりはない。ただもう少し
くっついてみたかっただけなのに……
「い、いいぞ」
「ほほほほ本当に?」
それなのに肯定されてしまったものだから銀時は焦る。
「ああああのな、ふっ布団つってもその……そんなに、あれだから……」
「だっ大丈夫。坂田と一緒なら、それで……」
「じゃあ、敷いてくるな」
「てっ手伝う!」
二人は手を繋いで和室に向かい、協力して布団を敷いた。
(13.01.13)
半年ぶりの純情シリーズです。前回・前々回とキスすらできずに終わっていたので、今回は少し前に進んでもらいました。この二人はこういうことでもないと
現状維持のままですからね。続きはなるべく早くアップしたいと思います。……あ、続きも年齢制限ありませんのでご安心を^^
追記:後編はこちら→★