※「夢で会えたら」の土方視点&続きです。そちらをお読みになってからお進みください。
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先に気付いたのは山崎だった。
「……つけられてますね」
川向かいで起こった幕府要人の殺人未遂事件。その聞き込み中に耳打ちされたから、
もしや犯人グループかと俺も神経を尖らせた。だが次の言葉に肩の力が抜ける。
「旦那と何かあったんですか?」
「あ?」
「つけてきてるの、万事屋の旦那ですよ?」
「何ィっ?」
「上手く気配は消してますけど、さっきそこの窓から銀髪が見えたんで。あんなもじゃもじゃ
銀髪は旦那しかいませんよ」
「偶々この辺に用があるんだろ……」
アイツが近くにいる……それだけで浮かれそうになる気持ちを仕事中だと引き締めて
聞き込みを続けた。
万事屋と俺の間に勘繰られるようなことは何もないが、俺はアイツに惚れていた。
いつからかは不明。かなり前からだとは思う。
そんなアイツの影が、聞き込み先でも接待先でも見え隠れするものだから、何処までついて
くるのだろうと試しに近藤さんを誘って飲みに出てみた。そしたらやはり来た。
だが尾行しているだけのようで、決して声は掛けてこなかった。
現で会えたから
翌日は午前中から屯所の庭にいた。茂みに隠れているつもりのようだが、白い着物や銀髪が
風に靡いてたまに見える。まあ、そこにいると思わなければ見過ごしてしまう程度ではあるが。
誰かが障子を開けたらアイツが見えるように机を移動させて事務処理に勤しむことにした。
途中で近藤さんが全開にした時は、心の中で礼を言っておいた。
「それでなトシ、この日の警備体制なんだが……」
ああ、まだいる……思わずにやけそうになる口は煙草を咥えてごまかす。
「トシ、聞いてるか?」
「痛ェよ……聞いてるって」
嘘。本当は庭のアイツに気を取られてて、肩を叩かれるまで聞いてなかった。
「それとな、さっき新八くんとチャイナさんが来て何か仕事はないかと言うから……」
「それで?」
「草むしりお願いしちゃったんだけど……マズかったかな?」
それでアイツも庭にいたのか?それにしちゃ何時間も動いてないのは変か……。
あ……デカイ犬がアイツのいる辺りで吠えた。
「なあトシ、勝手に依頼して怒ってる?」
「いや……真面目に働くならいいんじゃねーの」
メガネに弱い近藤さんに呆れるふりをしつつ了承する。ナイスだ近藤さん。
しかも万事屋の持ち場は俺の部屋の前になったようだ。誰だか知らねェがナイスだ。
だが、こんなに近くにいると仕事に集中できない。いや、午前中から近くにはいたのだが
あの時は隠れていたのでそこまでではなかった。けれど今や俺の前で堂々と作業をしていて
ついつい視線がその姿を追ってしまう。こんなことではいけない。
「銀ちゃん凄いアル!」
「もうこんなに終わったんですか!流石ですね!」
暫くすると、メガネとチャイナがやって来て万事屋を褒めちぎった。
俺の見る限り、普通に草むしりをしているだけのように思えるが……煽てて頑張らせようとする
作戦か?グータラな上司を持つと大変だな、アイツらも。
だがまあ、いざという時に頼りになるから付いていくんだろ?その辺は近藤さんと同じだな……。
その後も二人に煽てられながら、万事屋は夕方まで草むしりに勤しんでいた。
* * * * *
深夜二時過ぎ。俺はまだ仕事をしていた。
今日はそれほど忙しくはなかったものの、それでも残業になったのは、万事屋が気になって
集中しきれなかったからだ。ほぼ丸一日まともに仕事ができずにいれば、この時間になるのも
当然だろう。まだまだだな、俺も。
万事屋が尾行のような真似をしている理由は分からないが、実害がない以上やめろとも言いにくい。
そもそも俺自身、本気でやめてほしいとは思っていないのだ。
どんな理由があるにせよ、俺のことを知ってもらえるのは嬉しい。……知ったからといって、
万事屋が俺に惚れるなんざ有り得ないことも分かっているけどな。
そうして、片付ける書類も残り一枚になった頃。
気合いを入れ直そうと伸びをしたところで、天板が僅かにずれているのを発見した。
もしや……いるのだろうか。態と隙を作って書類に向かってみたが襲ってくる気配はない。
つまり、敵ではない。だとするとやはり……
昂ぶる鼓動を抑えて最後の仕事を終え、ベストを脱ぎながら立ち上がる。
天井裏で微かに何者かの動く気配がした。
声を掛けてみようか……。まだアイツだと確信したわけではないが、もしアイツだとして、
俺が声を掛けたらどう反応するだろうか。逃げ出すかもしれない。……いや、逃がすものか。
こんなことをする理由が知りたい。何か用があって言い出せないのか、誰かの依頼か……
何にせよ、その理由如何によっては今後もアイツと会う約束を取り付けられるかもしれない。
トントン……
俺は鞘の先で天井を突いてみた。
当然ながら何の反応もない。
「下りてこいよ」
次に声を掛けてみた。
だがまだ何の反応もない。こうなったら……
「来ないならこっちから行くぞ」
ずれていた天板の隙間から刀を差し込んでやれば、天井裏のヤツはやっと観念したらしく、
天板が人ひとり通れるくらいに動かされた。
「こ、こんばんは〜……」
下りてきたのはやはり万事屋だった。どういうわけか寝巻姿だ。
「やっぱりテメーか」
「やっぱりってどういう……」
刀を鞘に納めて腰を下ろせば、万事屋もその向かいに腰を下ろした。
気まずいのかピシッと正座をしてこちらは見ない。まるで叱られる寸前の子どものようだ。
「昨日、つけてただろ。それと今日も草むしりの前から庭にいたよな」
「バレてた?いや〜、気配消すのは結構自信あったんだけどな……」
叱られないことが分かったからか、徐々にいつもの万事屋になってきた。
つーかコイツ、一応不法侵入者なんだよな……まあ、しょっぴくつもりはねェけどよ。
「気配がなくてもテメーの態は目立つんだよ」
「あ、そっちか」
「……で?」
「でって……?」
「何か用があってつけてたんだろ?それとも誰かの依頼か?」
「あー、うん、えっと……依頼ではねェよ」
「じゃあ何の用だ?」
「用っつーほどのことでもないような……」
「こんな時間に寝巻のまま忍び込んで、何もないわけねェだろ」
「まあ、そうなんだけど……」
何だ?何をそんなに言い淀むことがあるんだ?
「まさかテメー、攘夷浪士にウチの情報を……」
しょっぴく必要が出てきたかと覚悟を決めていると、「そういう物騒な理由じゃない」と
万事屋は慌てて弁解した。
「じゃあ何なんだよ」
「それは……」
やはり俺に言えないような理由が……つけられて舞い上がっていた自分が恥ずかしい。
コイツはただ、俺の弱点を探っていただけなのか?
だがここで、そんな落胆を吹っ飛ばす台詞が万事屋の口から飛び出した。
「愛してるよ十四郎」
「……は?」
「あれ?」
コイツ、今、何て……?愛してる、つったか?コイツが?俺を?
違う違うと必死に取り繕おうとしているが、それが逆に言葉の信憑性を高めているようだ。
コイツが、俺を……。だから後をつけて……俺を見ていたというのか?つーかそれって……
「好意があろうとも覗きは犯罪だと分かってるのか?」
「あああああ……だからそうじゃなくて……」
どいつもこいつも恋愛を何だと思ってやがるんだ……。「愛してる」の一言で何でも許されると
思ったら大間違いだぞ。……だがまあ、それがコイツの本音なのだとしたら、今回の件は
許してやらねーこともないけどな。
「万事屋」
「ああああああ……ごめん!すまん!忝い!」
顔を真っ赤にして何度も謝って、これであの告白が冗談だったりしたら切腹ものだろう。
よしっ!
俺はゆっくりと立ち上がり、万事屋のすぐ前で片膝をついて座った。
「冗談だったらぶっ殺す」
「……え?」
念のため軽く(?)脅しを掛けてから万事屋にキスをした。
「何とか言えよ……」
沈黙に耐えきれずそう言えば、キスをしたのかと間抜けな質問が返ってきた。
「あ?」
「いやあの、さっき……何した?」
「寝言は寝て言え」
「ちょっと待って。なんか夢と妄想の区別が曖昧で……」
「……どっちも似たようなもんだろ」
「いやいや……え?あ!違う違う。夢と現実の区別がだな……」
まさかとは思うがコイツ、「寝惚けてました」で全部ナシにしようとでもしてんのか?
ふざけんなよ……愛してるなんて言われてなかったことになんざしてやるか!
「だから寝言は寝て言えと……」
「だって、唇になんかむにっときたんだもん!お前がやったのかなって思うだろ!」
「俺がやったんだよ」
「えええええええっ!!」
「…………」
コイツ……本当に寝惚けてんの?バカなの?
「俺がテメーにしたんだよ」
「な、何で?」
「俺も、テメーと同じだから……」
告白の返事をちゃんとしていなかった俺も悪かった。これで分かっただろうと思ったのに、
「いくら夢でも、やっていいことと悪いことがあるぞ」
万事屋の反応は依然として寝惚けているとしか思えないものだった。
こうなったら意地でもこれが現実だと認めさせるしかない!
「これは夢じゃねーよアホ」
「そんなん分かってるっつーの!俺が言いたいのは、夢だと思ってたからっていきなり
キスするのはマズイぞってこと」
「テメーまだ寝惚けてんのかよ……」
「寝惚けてんのはそっちだろ。いいか土方……テメーのことを愛してるなんて言った相手に
あんなことすりゃ、その場でカップル成立おめでとーってなことになるんだぞ!」
「分かってる」
「分かってない!お前がキスしたのは俺だぞ!万事屋銀ちゃんの銀さん!」
なんだ……告白したこともキスしたことも分かってんのか。
つーことは、俺もコイツに惚れてるってことが信じられなくて「夢」だと言ってるんだな?
その気持ちは分かる。俺だってまさか両想いになれるなんて思ってなかったからな。
「だからテメーが誰かも、これが夢じゃねーことも分かってる」
「何で俺にキスなんかしたんだよ!」
「すっ……すきだから」
非常に恥ずかしかったが万事屋の目を覚まさせようと頑張った。なのに、
「……キス、すんのが?」
「あ!?」
ふざけるのも大概にしろ!そんな思いで睨み付けてやった。
「ごっごめん!そういうつもりじゃ……でもその、マジで?マジで俺のこと……すっ好きなの?」
これで分からなかったら一発ぶん殴ろう。そう決めて俺は「そうだ」と言った。
「マジでか!」
「やっと通じたか……」
どうやらDVは避けられたようだ。
「お前、意外と鈍いんだな」
「まさか口説く前に落ちてるとは思わねーだろ」
「そりゃそうだがキスした時点で……まあ分かったからいいか」
「まだちょっと信じらんねェけどな……」
俺だってそうだ。あと何時間かしたら目覚ましが鳴って、「夢オチ」が待ってるんじゃないかと
柄にもなく怖い。今日はこのまま起きていようか……夜明けまで数時間。どうせ明日は
休みだし徹夜でも問題ない。
そうだ!折角だからコイツと一緒にいればいい。お誂え向きに寝巻で来てくれたことだし。
「一晩寝て起きりゃ、現実味も出てくるんじゃねーの?」
「あー、そうかもな」
「……ところでお前、何処で寝るんだ?」
「へ?」
流石にこれじゃ分かんねーか……
「俺ん家だよ」
「ほ〜ぅ」
「何だよ……」
「恋人の部屋に寝巻持参で来てテメーは家に帰るのか……なるほどな〜」
「え……」
万事屋の頬がぽっと染まる。気付いたな?
「とっ泊まってっても、いい?」
心の中でガッツポーズをしつつも平静を装う。部外者をほいほいと泊めるわけにはいかないんでな。
「布団、一組しかねーぞ」
「大丈夫!」
「そうか」
布団が一組しかないと、泊まるには適さない環境だと言ってやったのに居座るなら仕方ない。
俺は泊まっていいなんて一言も言ってないからな?その辺、間違えるんじゃないぞ。
……って、誰に言い訳してんだ俺は。
押し入れから布団を出して敷いていると、万事屋の熱視線が突き刺さるようだ。
つーかコイツ、絶対ェ欲情してるだろ!分かるよ?恋人の部屋に泊まるんだからそういう
気分になるのは。俺だって別に「付き合い始めたばかりでそんな……」とか言うつもりはねーよ。
お前がその気なら構わねーよ。
ただな、何か言えよ!この際「早くヤりたい」でもいいから言えよ!黙って見てんな!!
「ストーカーの次は視姦か?」
「あ……」
「そんなに見るのが好きなら勝手にしやがれ」
俺は明かりを消して布団の中に潜り込んだ。
「あの……ごめん」
「…………」
「そっち、行っていい?」
「…………」
拒否をしないことで了承の意志表示をする。というか、最初から万事屋が来ること前提で
端に寝ていた。
万事屋はおずおずと布団の中に入ってきて、そして俺を抱き締めた。
「へへっ……」
「……楽しそうだな」
「ああ。見るだけより触れた方がいい」
「そりゃよかった」
本当に良かった。
俺は万事屋の腕の中で向きを変えた。顔を近付けると万事屋が目を閉じる。
万事屋の体温を感じてこれが現実だと再確認。俺達は今日、恋人同士になった。
(12.09.19)
土方さんストーカーされるの巻……というか、ストーカーさせるの巻でした。この後、おまけで銀さん視点の時にカットしたエロシーンが付きます。リバです。
18歳以上の方、アップまで少々お待ち下さいませ。
追記:おまけはこちら(注意書きに飛びます)→★