「今から行く。何か欲しいもんあるか?」
『え?いいよ別に土産とか……』
「泊めてもらうのに手ぶらというわけにはいかねェ」
『真面目だねぇ……。じゃあ、ゴムとティッシュ買ってきてよ』
「……分かった」

恋人の家へかけた訪問前の電話。なのに通話を終えた土方の表情から見て取れるのは、
これから恋人に会える喜びでも期待でもなくて……挑戦的な、燃える闘志のようなもの。
その上「総悟の野郎……」と、ここにはいない部下へ悪態を吐いて職場を後にしたのだった。


慣れないことをすると本人も周りも苦労する


「買って来たぞ」
「サンキ……あれ?」

夜のかぶき町・万事屋銀ちゃん。普段は三人と一匹で賑やかな時が流れるこの場所は今、
社長の銀時が恋人と静かに熱い時を過ごす場所となっている。
だが、ここへ来る途中で買って来たという「手土産」を袋ごと受け取った銀時は、中身を確認して
感謝の言葉に詰まった。

白い手提げビニール袋の中には、ポケットティッシュと箱入りの輪ゴム。

「えっとぉー……」

銀時が反応に困って顔を上げると、妙に真剣な表情の土方と目が合った。
ああ、そうか……土方は悪くない。

「あの……ごめん」
「……何が?」
「俺の言葉が足りなかった。今夜お前と使うティッシュとゴム……つまり、箱のやつと
コンドームのつもりだったんだよ」
「そっそうか……」
「俺の言い方が悪かったんだ。気にすんな」
「お、おう」

気落ちした様子の土方に、銀時は笑顔で自分の隣をポンポンと叩く。

「とりあえず座れよ」
「ああ……」
「マジで気にすんなよ?電話でも言ったけど、お前なら手ぶらで来てもいいんだからな」
「ああ」
「ティッシュは今日使う分くらいあるし、ゴムはなきゃないで……」
「いや、持ってる」

土方は懐からコンドームの箱を取り出してローテーブルへ転がした。

「それ……これと同じコンビニで買った?」

ポケットティッシュと輪ゴムの袋を示せば、肯定の返事がなされた。

「そっか……」
「…………」

コンドームの箱と土方と輪ゴムの箱の間で視線を彷徨わせ、何か言いたげな銀時。
土方は膝の横で密かに拳を握り、銀時の言葉を待った。

「……あっ、つーことは俺がほしいもん買ってくれたってことだよな?ありがと」
「あ、ああ……」

かなり好意的に思える銀時の捉え方はしかし、期待したものではなかったようで、
その日の土方は何処か浮かない表情のまま銀時との一夜を過ごしたのだった。



*  *  *  *  *



また別の日。この日も土方は訪問前に銀時へ電話をかけた。名乗った後に言うことは同じ。

「今から行く。何か欲しいもんあるか?」
『別にいらないって。そんなことより早く会いたいなー……なんちゃって』
「……何か欲しい物はあるか?」
『はいはい……じゃあプリンをくださーい』
「分かった」

通話を終えた土方の表情は前回以上に険しく見えた。


*  *  *  *  *


「土産だ」
「はいどー……も?」

なぜだか神妙な顔付きで万事屋へ現れた土方。そのことを察しつつも特に触れることなく
コンビニ袋を受け取った銀時は、予想外の軽さにまたしても感謝の言葉に詰まった。
袋の中には愛らしいキャラクターの付いた根付けストラップ。青い紐の先に、焦げ茶色の帽子を
被り、淡い黄色のふくよかな体で、耳が垂れた犬のマスコットと小さな鈴がぶら下がっている。

「……これは?」
「ぽみゅぽみゅぷりん」

ストラップを摘み上げた銀時は、土方の口から出たキャラクターの名前にがくっと項垂れた。

「おい、どうした?」
「そ、そうなんだ……ハハッ……」

焦点の定まらない目で渇いた笑いを零す銀時。

「ぽみゅぽむ……ぽむぽみゅ……ぽむ……」
「ぽみゅぽみゅぷりんだ」
「ああ、うん。よく知ってんね……」
「所帯持ちの部下が子どもに人気だとか言ってて……」
「そっかそっか……ハハッ……じゃあ、神楽が羨ましがるかなコレ……ありがとね……」
「お、う……」


それからいつものように抱き合ったものの、互いにスッキリしないまま。
相手の機嫌が悪いわけではないし、気持ち良くなかったわけでもない。
けれどそれ以前の違和感を、とりわけ銀時は強く抱いていた。



*  *  *  *  *



またまた別の日。当然のようにこの日も土方は訪問前に銀時へ電話をかけた。
仕事の都合で約束の時刻よりも遅れたことを詫びてから、すっかりお決まりになった
セリフを述べる。

「今から行く。何か欲しいもんあるか?」
『特にないから身一つでおいで』
「何か欲しいもんはあるか?」
『だから……』
「何か欲しいもんはあるか?」
『……分かったよ!ジャンプ。ジャンプ今週号買って来て』
「分かった」

今日こそやってやる!携帯電話を懐にしまった土方は、不退転の覚悟でコンビニへ足を踏み入れた。


*  *  *  *  *


「ほらよ」
「ハァァァァ〜……」

土方から手渡されたコンビニ袋。これまでの経験から真っ先に中身を確認した銀時は
肺に溜めた全ての息を吐き出して脱力した。まあ、どうせ違うものが入っているとは思っていた。
だがせいぜいVとかNEXTとかSQとか、厚さが似てるという点でマガジンかとも
予想したけれど……そこにあるのは男性アイドルグループが表紙のファッション誌。
「HEY!SO!JUMP特集」と書かれた文字に思わず目頭を押さえる。

「土方くん、ちょっとそこへお座りなさいな」
「あ?」

小馬鹿にされているような口調に若干イラついた土方であったが、とりあえず大人しく
銀時の向かいのソファに腰を下ろした。

「これから、土方くんにおつかいをしてもらいます」
「あ?ったく、土産の希望があるなら電話の時に言えよ……」
「土産じゃねェ、おつかいだ」
「何で俺がパシリみたいなマネしなきゃなんねェんだよ」

尤もなことに思える土方の反論に、銀時は大きく息を吐いてから諭すように言った。

「いいかい、土方くん……例えリクエストがあったとしても『土産』である以上、
何を買うかは君の自由だ」
「…………」

格下相手のような態度が気に食わず軽く眉間に皺を寄せてはみたが、一応黙って銀時の言葉を待つ。
それはこれまで二人が築いてきた関係の賜物で、他の者であれば「言いたいことがあるなら
とっとと言え」と怒鳴っている頃だ。

「……けどね、今からするのは『おつかい』だ。頼まれたものを、間違うことなく買わなきゃ
ならない。確かに君は組織のナンバー2で部下も沢山いて、他人の買い物どころか自分の買い物
だってしなくて済むだろう。だが、何事も体験しておくに越したことはないと思うだろ?」
「そうだな……」

ここまで聞いて土方は銀時の思惑を理解した。と同時に落胆した。
銀時は土方が買い物に慣れていないせいでこうなったと思っているようだが、実のところ土方は、
銀時の求めるものと自分が買って来たものとが違うことくらい分かっていた。
恋人から「ティッシュとゴム」と言われて何に使う物か分からないほど初心ではないし、
舌を噛みそうな名前の「ぷりん」がいることは店で商品を見て知った。アイドルグループだって
似たようなものだ。
では何故わざと間違えたのか……それを説明したくない土方は、素直に銀時の「おつかい」を
承諾するしかなかった。

「今から土方くんにはファプリーズを買って来てもらいます。……神楽が俺の布団を
オッサン臭いとか言うから」
「分かった。行ってくる……」
「待て待て……慌ててもいいことないぞ」

そう言って銀時は床に積まれていた新聞の束から裏面が白いチラシを抜き取り、
テーブルの上に広げた。

「ファプリーズ、つーのは消臭剤でこんな形の霧吹きに入ってて……」

土方の側から見て正面になるよう、器用に逆向きで絵を描いていく銀時。

「容器の柄は中身の香りによって色々あって……どれでもいいけどとにかくここに
『ファプリーズ』って書いてるからな。よく読めよ」
「ああ」

容器の絵の胴体部分にこれまた器用に逆向きで商品名を書いた。

「次に売ってる場所だけど……この時間だとコンビニだな。お前、この雑誌買ったの
二丁目の蕎麦屋の向かいだろ?」
「ああ」
「じゃあもう一回そこに行ってくれ。ファプリーズはあの店の……入口から二番目の棚の
真ん中辺の下の方にある。三日前までバイトしてたから間違いない」
「分かった。行ってくる」
「はい、お金」

銀時は五百円硬貨を一枚渡した。いらないと言おうとした土方はしかし、
これが「おつかい」なのだと思い出して受け取った。

「あ、もし見付からなかったら何も買わずウチに電話するか店員に聞けよ」
「ああ」
「よし、頑張って行って来い。気をつけてな」
「ああ」
「ああほら、これ持ってかなきゃ……」

先程銀時が書いていたチラシを手に、土方は来たばかりの道程を戻っていった。



*  *  *  *  *



話はひと月ほど前に遡る。
その日、土方はいつものようにふざけた始末書しか書かない部下を呼び出して叱り付けていた。

「いい加減にしろ総悟!そもそも始末書書くハメになったテメーが悪いんだからな!」
「へーへー、だから反省してるって書きやしたでしょ……」
「『反省してるって気がしなくもなくもなくもない感じでーす』って、全然反省してねーだろ!」

手元の始末書を読み上げて、バシッと畳に叩き付けた。

「最近の若者は人との衝突を避けようと、無意識に断定的な物言いを避ける傾向にあるんでさぁ」
「反省が伝わらなかったら衝突は避けられねェだろうが!」
「ああもう、ちょっとした冗談ですぜ。これだからツッコミしか能のない野郎は……
この様子じゃ、旦那と話しててもツッコミ役なんでしょうねィ。性的にも突っ込むだけで
話す時もツッコミばかり……本当に面白みのない野郎でィ」
「性的には突っ込まれることもあるわァ!つーかそれ仕事と関係な……」
「ってことは、それ以外じゃツッコミ役なんですね?そりゃそうか……土方さんが面白いこと
なんて出来るわけねーか」
「お前みたいにふざけてないだけだ」
「いやいや今は旦那の話を……」
「アイツだって存在そのものがふざけてるじゃねーか。だから俺がツッコミというか、
間違いを正してやってんだよ」
「恋人相手になんて堅苦しい……たまには面白いことして旦那を和ませてやる気はねェんで?
あっ、やりたくてもできないのか……ツッコミしか能がないから」
「ふざけんな!俺だってボケの一つや二つ……」
「へぇ〜……じゃあ今ここでボケてみて下せェ」
「は?……いやっ、部下の前でふざけるわけにはいかねェ」
「じゃあ旦那の前ならいいんですよね?存分に笑わせてやって下せェ」
「上等だ!」



*  *  *  *  *



かくして土方は手土産で笑いをとろうと奮闘し、敢え無く撃沈したのだった。
人には向き不向きがある。真面目な自分にボケは向いてないのだと諦めて、土方は消臭剤を
手に再び万事屋の扉を開けた。



「買って来たぞ」
「おお、サンキュー。じゃあ、お釣りはお駄賃……」
「ガキ扱いすんな」

土方は釣銭とレシートを銀時の前に置き、煙草を咥えた。その様子を見て銀時が吹き出す。

「プッ……お前、ピンクのライターって……いつものマヨライターはどうした?」
「力加減を間違えて壊れた」

おつかいの途中、上手く笑いがとれなかった腹立たしさからうっかりライターを壊してしまった。
そのため、消臭剤を買うついでに自分の金で使い捨てライターを買ったのだ。

「ブハッ!何だよそれ……イライラしてたのか?イライラしてたんだろ?そんでお気に入り
破壊ってハハハッ……しかも代わりがピンクってハハハハハ……マジウケる!そういえば買って
来たファプリーズもピンクじゃね?緑とか青のもあるのによ。なにお前、ピンク好きなの?」
「いや……」
「別に男がピンク好きでも変じゃねーよ。でも土方がピンク……ぷくくっ似合わね〜!」

ライターも消臭剤も、一番手前にあるものを買っただけで深い意味などなかった。
そもそも消耗品のデザインに拘りなどない。
なのに銀時はこちらの話を全く聞かず、笑いが治まったと思えばまたこちらを見てピンクピンクと
腹を抱えて笑い続ける。

「ちょっとお前、これ持ってみて」

買って来たばかりの消臭剤を渡されて仕方なく持ってやれば、銀時は噎せ返りながら笑った。

「ぎゃははははは……」
「…………」


笑いの奥深さを味わった、土方十四郎二十×歳の夜。

(12.08.13)


土方さんは基本的にツッコミ役で天然ボケキャラですよね。狙って面白いことができる人ではないからこそ、ちょっとした時に面白くなるんですよ。

この後、沖田は銀さんに会った時に「こないだ土方くんがピンクでおかしくってね〜」とか聞かされて悔しい思いをすると思います。でも土方さんも

意図して笑いを取ったわけじゃないので悔しいんじゃないかな。  ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

 

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