※「文字で通わす思い」の続きです。
花便り
いまだ冬の名残を感じる春の夜。銀時と土方は、交際三ヶ月にして初めてのデートと相成った。今の関係となる前から、幾度もすれ違ったことのある河原で待ち合わせ。仕事のなかった銀時は約束の一時間前には到着しており、待つことすら楽しんでいた。こんな初々しい心を持ち合せていたなんて自分でも驚き。恋人が知ったら鬱陶しいと思うだろうか――そんなことで悩む己にもビックリだった。
「待ったか?すまん」 「いや、ついさっき来たとこだから」
恋人同士の定型句を口にする自分達に赤面。照れ臭い空気を払拭するかのように、土方はいつもの封書を差し出した。土方が提示した逢瀬の日に銀時が了承の返事を書き、次は土方の番。 「後で読んでくれ」 「ん」 懐にしまえばぽかぽか暖かい。頬を掠める風も柔らかく感じられた。
繁華街へ向けて二人並んで歩いていく。初デートの浮ついた雰囲気に任せて手を繋ごうかと思ったけれど、恥ずかしさに断念。相手も同じことを試みたなんてつゆ知らず。 「何処に行く?」 隣を見ずに土方が聞けば、 「割引券使える所でもいい?」 準備万端の銀時が答える――視線は勿論、視界の端に辛うじて土方が入る程度で。 「いいぜ。近いのか?」
「五分くらいだな。……あっ、行き付けってわけじゃねぇよ?掃除の依頼を受けて、もらっただけだから」 「そうか」
「新八と神楽にはやらせてねーからな。アイツら未成年だし」 「そうだな」
この時の土方は銀時の発言を、警察官の自分に品行方正なところをアピールしていると解釈していた。さして強くもないくせに酒好きなことも、仕事を選べない万事屋の事情も、かぶき町という土地柄も理解しているつもり。贔屓にしている飲み屋があろうと、そこでの仕事に子ども達を連れて行こうと咎める気はなかった。寧ろ、交際相手の前でいい格好をしたがる銀時が途轍もなく愛しい。新たに知られた恋人の一面。これから幾度も経験するであろうと想像し、土方は胸を踊らせるのだった。
「おい、割引券ってなァここのか?」 「そう」 大通りから一本入った所にある宿の前。顔を引き攣らせる土方に銀時は溜息一つ。 「お互いいい歳だから過去は拘らないけどよォ」 「あ?」
抗議を込めて睨み付けたものの、銀髪の男は耳をほじり堪えた様子はない。それどころかこちらに非があるような物言いで、土方は更に睨みをきかせた。
「何の話だ?」 「あからさまに顔顰めやがって……このホテルで嫌な思い出があるってバレバレだぞ」
過去の交際を臭わせるような言動は慎むべきだなどと尤もらしい説教まで始まって、遂にキレた。
「違ぇよ!テメーがいきなり宿なんぞに連れ込もうとしたから呆れてんだよ!」 キレられたので銀時もキレる。
「連れ込むって何だ!合意の上だろーが!股開くって言ったじゃねぇか!」 「テメーが開いてくれって言ったからだろ!」
彼らは「言った」と表現しているが正しくは手紙に「書いた」こと。 「だからそれが合意じゃねーか!今更ビビッてんのか!?」
「誰がビビるか!俺が言いてぇのは、ここは最終目的地だろってことだ!」 「あぁん!?」
意味が分からないとばかりに眉を寄せた銀時に煙草の煙を吐き出せば、噎せつつも攻撃的な表情は変わらない。
「初デートで宿に行くヤツがあるか!まずはメシでも食ってだな……」 「この時間ならお互い夕メシ済みに決まってるだろ」
「だったら居酒屋か何処かで……」 「バカかお前。最初だからこそ素面でヤるんじゃねーか」
「何でもそっちに結び付けんな!結局はカラダ目当てかテメー!」 「オメーの方こそ飲まなきゃヤれねぇってか?ふざけんな!」
「ふざけてんのはテメーだろ!」 「オメーの方がふざけてる!」 「テメーのふざけてるの方がでかい!」
「オメーのふざけてるは……」 胸倉を掴み合い、互いを罵り合い、結果、どちらからともなく「もういい」と言って離れた。
「万事屋、お前とは根本的に合わねぇらしい」 「みたいだな……別れようぜ?」 「ああ」
来た時とは全く異なる形で視線を交わすことなく、それぞれ自宅兼職場へと帰っていく。 冬の名残の冷たい風が、二人を芯から冷やしていった。
* * * * *
「何で帰って来たネ?」
今夜は帰らねぇからと浮かれ調子で出て行って数時間で帰宅。同居人の少女が口を尖らせるのも当然のこと。だがそれに答える気力は今の銀時にはない。
「どーでもいいだろ……」 とぼとぼ浴室へ向かう丸まった背中に、神楽はそれ以上の追求ができなかった。
「あ……」
沈んだ気分を無理矢理持ち上げるかのように勢いよく帯を解けば、懐からぱさりと落ちた白い封筒。脱衣所に腰を下ろし、それを拾い上げる瞳には哀惜の色が宿っていた。 「包容力がある粋な野郎だと思ったんだけどなぁ……」
所詮は文字の上のこと。何とでも偽れるかと嘆息。さて何を書いてくれたんだと、手紙相手に挑戦的な笑みを湛えながら封を切った。
――桜花の候。この季節になると、花見の席で幸運にも貴方と会えた日のことが想起されます。
あの時はお互い連れの諍いに手を焼いたものでしたね。
いつの間にか貴方と二人で取り残されてしまったことも、良い思い出です。
「……だから酒入れたくなかったんじゃねーか」 何が良い思い出だと便箋にツッコミを入れる銀時。恋心を自覚する前とはいえ、二人きりで過ごす機会を逸することとなった酒。その失敗を繰り返さないためにもすぐにホテルへ誘ったのだ。 手紙は次のように続く。
――貴方がこれを読む頃には、私達の初めてのデートが終わっているのでしょうね。
「始まってもいねぇのに終わっちまったよバーカ」 ――どのようなデートになったのでしょうか。実は楽しみで仕方がありませんでした。
「…………」 ――お誘いいただけた日から年甲斐もなく胸が高鳴り、寝付けない日々を過ごしております。
股を開くだ何だと書きましたが、ただ、貴方と会えるのが嬉しいのです。
貴方からのお手紙を拝読することも当然ながらこの上なく幸せな時間です。
デートではその幸せな時間を貴方と共有できるのですね。 私と過ごすことを、貴方も幸せだと思ってくれたらの話ですが。
「くそっ!」 手紙を読み終えた銀時は脱ぎかけの服もそのままに事務机へ走った。
引出しを開け、取り出すのは使い慣れた便箋と筆。どうか手遅れになりませんようにと祈りつつ返事を書いていった。
* * * * *
「おや土方さん、もうお帰りで?」 「……るせェ」
外泊を届け出たにもかかわらず、まだ遅番の隊士も働いている時刻に戻って来た土方。からかうように沖田が出迎えれば、明らかに虫の居所が悪い様子。八つ当たりされては堪らないと舌を出し、早々に退散した。
「くそっ」
苛立ちまぎれに刀を放り、土方は畳の上に仰向けた。明かりの点けていない部屋。数分もすれば電灯の輪郭が浮かび上がる。
何をしているのだ己は。生涯離さぬとまで高々と宣言した手をあっさり離してしまった。別れを切り出したのは向こうだが、そのきっかけを与えたのは自分。あんなに待ち遠しかったデートを一瞬にして散らしてしまった。 ただ会えれば良かった。
二人きりで会えるなら何処でも良かった。それでも連れて行かれた所が予想外の場所であったから、驚きのあまり固まって、後は単なる言葉の応酬。最も望まぬ結果へ到達してしまった。これで終わりなのか…… 「ふざけんな!」
自分自身に気合いを入れて部屋の明かりを点ける。引き出しを開け、昨夜使用したものと同じ便箋を文机へ広げた。
「…………」 墨を摩り、筆を取り、手が止まる。何を書くか、どう書けば許してもらえるか、考えれば考える程、己の仕出かしたことが大事に思えて一文字も書ける気がしない。
こうなれば直接会って頭を下げようか……いや、直接会って話せば先の二の舞になりかねない。やはり本音を伝えるなら手紙だ。恋人同士となってからというもの、銀時とは言葉よりも手紙を交わすことの方が多いのだから。
逸る気持ちとは裏腹に、白紙のまま時間だけが過ぎていった。
「土方さーん、起きてますかィ?ていうか寝てても起きやがれコノヤロー」
一時間は経ったであろうか。襖の向こうで沖田の声。碌な用事ではなさそうだと無視を決め込んでいると、
「寝ちまったみたいでさァ。日を改めて下せェ、旦那」 態と室内まで聞こえる声で「客人」に呼び掛けた。
土方の体は考える前に動く。スパンと襖が開いて、そこに立っていたのは沖田一人。最悪の嫌がらせだと崩れ落ちた。
「……そんなに会いたいんで?」 「…………」
睨んでみても効果がないことは分かっている。それに、冷やかされるまでもなく自分が情けない状態に陥っていることは分かっていた。
だから、他人が口を挟む問題ではないと、一人にさせてくれと、退席願うので精一杯。自分には手紙を書くという重要な任務があるのだから。
「旦那、来てますぜ」 「何ィ!?」
「門の前を行ったり来たり邪魔なんで、しょっぴいていいですかねィ」 「いいわけねーだろ!」
沖田を押し退けていく土方はもう周りが見えていない。これで明日の業務はサボっても咎められまいとほくそ笑み、沖田は副長室の明かりを消し襖を閉めてやった。
「万事屋っ」 「あ……」
足袋のまま、息せき切って表へ出れば、ばつの悪そうな銀時がそこに。謝罪文を手にここまで来たものの、最後の一歩で尻込みしていた。
「万事屋……」 「あの、さっきのは、あの……えっと……」
普段なら余計なくらいに回る口が上手く動かない。こんな時、頼れるのはやはり手紙。はい、と差し出せば不思議と勇気が湧いてきた。
二人の間にふわりと風が吹く。 「悪かった。別れるって言ったの、ナシにしてもらえねぇか?」
「ああ。こっちこそすまなかった。お前さえよければ、これから仕切り直しで」 「もちろん」
じゃあ行くかと踏み出して草履を履いていなかったことに気付いた。その時、耳まで赤くなった土方の背中に何かが投げ付けられる。
振り向けばにたりと笑う沖田の顔。足元には草履が転がっていた。 「忘れもんでさァ」
「お、おう……悪いな」 「お礼は副長の座でいいですぜ」 「よくねーよ。……今度メシ奢ってやる」
「へーい」 それだけで済まないことは予想できたものの、優先順位のトップは恋人。過剰な恩を売られることも承知の上で、土方は銀時の腕を引いて関係修復へ歩きだしたのだった。
「割引券、まだ持ってるか?」 手首を掴んだ状態で足早に進みながら土方が問えば、やや戸惑い気味に、 「財布に入れたままだけど……」 と返ってくる。そうこうしている間に件のホテルへ到着。真っ直ぐに突入せんとする土方であったが、銀時が手前で歩みを止めたため引き留められる形になった。 「どうした?」 「先ずはその辺で一杯……」 「ンなもんいいから入るぞ」 互いに初回と正反対の提案を繰り出し、同じなのは意見の一致が見られないということのみ。自分に合わせる必要はないと、銀時は諭すように述べる。 「一杯引っ掛けてからホテルっつーパターンがいいんだろ?俺もそれでいいって」 「いや、ホテルでいい」 「俺に気ィ遣うなよ」 「それはこっちの台詞だ」 「俺はお前と飲みに行くのも悪くねェなと思ったから」 「俺だってテメーと早く二人きりになりてぇと思ったんだよ」 「だからそれは俺が……」 「何言ってんだ俺は……」 二人の周囲に不穏な空気が漂い始めてきた。 痛ェな――ぎりりと手首を掴まれて、銀時が振り払う。両手が自由になった瞬間、それらは相手の胸倉に掴みか掛かった。 「黙って付いて来いや!」 「テメーが付いて……」 衿元を乱され、土方の懐から封筒がひらり。懲りない自分達に二人はぷっと吹き出した。 手紙を拾い上げながら土方は言う。 「どうにも俺達ァ顔付き合わせて話すのに向いてないらしい」 「……じゃあどうすんだよ」 「言いたいことはこっちで言ってりゃいいんじゃねぇの」 顔の横で封筒を振ってみせれば、銀時はじっとそれを見詰め、次第に表情を明るくした。 「デートの時は、体で語り合いますか」 「おう」 やっとのことでデートの始まり。手を取り合い、ホテルの中へと消えていった。 ソメイヨシノが今を盛りに咲き誇り、ちらちらと舞う丸い花びらが人々を外へと誘い出す季節。一日に二度もホテルの前で大喧嘩した二人の関係は、この日、町中に知れ渡ることとなるのだった。
(15.04.18)
pixivでまたまた続きのリクエストをいただきまして、続きました^^ この後おまけの18禁を書く予定です。アップまで少々お待ち下さいませ。
追記:おまけはこちら→★ |