※「きっかけは志村家に届いた一通の手紙だった」の続きです。







文字で通わす思い


坂田銀時様と横書きされた封筒を前に、銀時はどうしたものかと頭を悩ませている。
中身は確認した。真っ白な便箋に己の名前と差出人の名――土方十四郎。本文はない。しかし、封をしていたやや歪な赤いハートで充分に伝わる。愛らしいシールを購入するのが憚られて自作したのだろうか。鋏片手に色紙と格闘する姿を想像するだけでほっこり和む自分が恥ずかしい。
そうして一通り手紙を味わった後、返事を書こうとして手を止めたのだ。己も手紙を渡したではないかと。
「でもあれはなァ……」
「どうかしたんですか?」
「いいいや何でもねぇ」
口をついて出てしまった言葉を即座に打ち消して、銀時はしまったと後悔した。ここで「実は土方くんからラブレターもらっちゃったんだよね」などと軽く報告できたなら、今後の相談もしやすかったものを。一旦ごまかしてしまえば、いつ真実を告げようかと新たな悩みも生まれてしまう。
だが先ず片付けるべきは、目の前の手紙に返事を出すか否かという問題。
形式的にはあちらから封書を受け取って、こちらも封書を渡した。とすれば次に書くのはあちらだが、渡したものは受け取ったものを見てから書いたものではない。ならばこちらが書く番か、はたまた……更には似た者同士らしい自分達。こちらが返事を書こうとしているということは、あちらもそうではないかとも考えて、結局、一歩も進めないのであった。

夕飯の際も、テレビを見ていても溜息ばかり。やはり何かあったのだと銀時が異変を悟られはじめたそんな時、万事屋の呼び鈴が鳴った。夜分の来訪者――訳ありの依頼人だろうかと些か緊張の面持ちで、新八は玄関に向かう。
「あ……」
「よう」
そこにいたのは着流し姿の土方で、知った顔とはいえ気安く尋ねて来る間柄ではないため、警戒心は解けなかった。
「ご依頼ですか?」
「いや……その……万事屋はいるか?」
「……ご用件は?」
銀時個人に用があるのも、落ち着かない態度も怪しい。今日一日、銀時の様子が変だったことと関わりがありそうだ。
「新八ィ、依頼か?」
だが新八が事情を聞く前に当人が顔を覗かせる。
「銀さん、あの……」
「ああああ俺に用だろ?なっ?」
土方の姿を見留めて銀時は頬を赤らめつつ土間に下りた。そして素足のまま表へ出て、新八は中に残したまま、ぴしゃりと扉を閉めてしまう。
この行動は新八の中で疑惑を確信に変えた。外の会話に耳を欹ててみる。いつの間にか神楽も合流していた。
「夜遅くに、すまない」
「俺、夜型だから気にすんな」
聞き耳をたてられているとも知らず、また相手と視線を合わせることもできずに言葉を紡いでいる二人。土方は懐から封筒を取り出した。
「え……」
外観は昼間にもらったものとほぼ同じ。封をするハートマークが心持ち大きい気もした。
「てっ手紙、ありがとう」
「あの、でも……」
お前だって手紙を受け取ったのに……ほんの一瞬目が合い、それだけで銀時の言いたいことは土方に伝わった。
「こういうことは、きちんと言葉にしねェとな」
「ど、どうも」
手にしたそばから熱くなっていく。俯き加減の銀髪へ「じゃあな」と別れの挨拶。咄嗟に顔を上げれば、柄にもなく照れた瞳と搗ち合って、いっそう居た堪れなくなった。
「へっ返事、書くから」
「お、おう」
「それから……えーっと、えーっと…………お、おやすみなさい」
「おやすみなさい。いきなり来て悪かったな」
「構わねェって。……じゃあ」
「じゃあ」
右手をひらと挙げて踵を返す土方。その背に向かい右手を胸の前で二度ほど振って、銀時は己が閉ざした扉を開けた。
「げっ」
驚き固まる新八と神楽。ほっこり気分は一挙に霧散。咳払いの後「そういうことだから」とだけ言って上がろうとした銀時であったが、そうは問屋が卸さない。二人に両腕を捕られてしまう。
「何がそういうことネ!」
「ちょっとこれ、ラブレターじゃないですか!」
新八の押さえた左手には赤いハートで封をした白い封筒。誰の目にも明らかな恋文であった。
「これを土方さんからもらったんですか!?」
「だから……そういうことだって言ってるじゃねーか」
腕を振り回して拘束を解き、銀時は板の間に腰を下ろす。遅まきながら感じる土間の冷たさに、靴を履くのも忘れて飛び出した恥ずかしさで顔が火照った。
その両脇に新八と神楽もそれぞれ座る。
「手紙ありがとうって言ってたアル。銀ちゃんが先にラブレター書いたアルか?」
「先というか、後というか、同時というか……」
「とにかく、土方さんとお付き合いしてるってことでいいんですか?」
「あっちがいいなら……」
「そんな手紙持って来たんだから、いいに決まってるネ」
「そうかな?そうだよな!」
意気揚々と開封しようとした銀時は左右の存在に思い止まり、厠に駆け込んだ。
「開けるネ!」
「まあまあ」
この期に及んで隠し事をするなんてと扉を破壊する勢いの神楽を新八が必死に宥める。差出人だって、銀時以外に読まれることは想定していないだろうから。
一方銀時は一人になれたことで、じんわりと温かくなるのを感じていた。扉に寄り掛かり、今度こそ封を開けた。
「…………」
己が土方に渡したように、ほんの二文字で充分事足りるにも関わらず時候の挨拶から始まっていた手紙。土方の真面目な人柄と、そして銀時への真摯な思いが表れていて、また胸の辺りが熱くなった。
――本日はお手紙ありがとうございました。
  貴方からのお手紙を拝読し、何も書けずにいた己の至らなさを痛感しております。
  私も貴方のことが好きです。
  よろしければお付き合いしていただけないでしょうか。

二度目の恋文を読み終えた銀時は、尚も興味津々な神楽の攻勢を掻い潜り、翌日までに返事を書き上げるのだった。

「仕事中にごめん」
「いや、ちょうど休憩しようとしていたところだ」
返事を手に真選組屯所を訪れた銀時。付いてきてしまった神楽を路地へと隠し、土方に門の外まで出てきてもらい、封筒を手渡した。迷いに迷ったがハートのシールはやめ、フラップの中央に色鉛筆でマヨネーズボトルのイラストを描いている。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「おう」
「多分ずっと前から……あっ、その辺のことも書いたから、読んで」
「ああ」
「じゃあ」
「またな」
「うん」
前夜と同じように小さく手を振って、二人は各々の生活に戻っていった。
頬を上気させ小走りで帰る銀時に神楽は「少女マンガのヒロインアルか」とツッコミを入れたとか。
その頃、自室に戻った土方は、
「旦那からですかィ?」
「総悟っ!」
手描きの「マヨネーズ」を傷付けぬよう、隙間にナイフを差し込んだところで後から声が掛った。コイツが絡むと碌なことにならない。既に差出人は知られてしまったようだが、ここで慌ててはその内容にまで関心を持たれてしまう――平常心を装って、土方は「そうだ」と返した。
「デートのお誘いですか?」
「何でそうなる」
「付き合ってるんでしょう?チャイナが言ってましたぜ」
「あ?」
沖田の話によると、先ほど巡回から戻ってくる際に屯所の近くで神楽を見かけたのだという。何をしているのだと「職務質問」したところ、銀時が土方にラブレターを渡しに行ったと聞いたのだとか。
従業員が揃っている時間帯に恋文を届けに行った己の失態。土方は諦めるしかなかった。
「そうだよ」
「どこをどうしてそうなったんで?」
「色々あって気付いたらそうなってた」
「それにしても手紙とは古風なお方だ。ああそうか、旦那はメールができないんでしたね」
こんな風にと言いながら携帯電話を操作する沖田。
「てめっ、どこにメールを……」
土方がその思惑を察知するのに数秒。土方と銀時の交際は全隊士に拡散されることとなった。
そうなれば副長室は大賑わい。事実確認のため代わる代わる訪れる者達の対応に疲れた土方は、「総悟に聞け」と言い残して外へ出た。沖田に任せればあることないこと言われるに決まっているが、隊士達もどうせ話半分にしか聞いてはいない。そもそも自分から銀時のことについて他人に語る気はないのだし、それより早く手紙が読みたかった。
個室のある食事処へ入り、一服ついてから封を切る。一文毎に筆を置きながら考え考え書いたのか、それとも今日も付いて来ていたらしい少女に邪魔されながら書いたのか……所々で変化している筆圧に心が和んだ。
――お手紙ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします。
  思い返してみますと、初めて会った頃から貴方に好感を持っていたのだと思います。
  覚えていますでしょうか。
  背後からの剣、貴方が声を掛けてくれなければ私は避けられなかったことでしょう。
  容疑者に対しても決して卑怯な手は使わない、貴方の真っ直ぐなところに惹かれました。
  女子の間で流行している「壁ドン」の効果でしょうか。
  尤も、壁にドンとするのは刀ではなく手が正しいのですけれど。
「くくっ……」
土方は足早に屯所へ戻ると、仕事をするふりをしつつ恋人への返事をしたためていった。
――貴方からのお手紙で「壁ドン」を知りました。確かに似たようなものですね。
  私もその頃から貴方のことが気になっていたように思います。
  あの時に突き立てた刀はその後、貴方に折られてしまいましたね。
  今となっては良い思い出です。

――屋根の上で貴方に付けられた傷が私の肩には残っています。
  貴方と交際を始めてからというもの、そこに触れると息切れがするようになりました。
  責任感の強い貴方のことですから、こんな私の面倒を、ずっと見ていただけますよね。

――確認されるまでもなく、貴方と共に生きる所存です。
  こちらから手を離すことはできません。嫌になりましたら全力でお逃げ下さい。
  もちろん、そのような日が来ないことを願っておりますが。

*  *  *  *  *

土方と銀時の交際開始から三ヶ月余り。二人は毎日のように手紙のやり取りを続けていた。
今日は銀時が届ける番。けれどタイミング悪く土方が外回り中に屯所を訪れてしまい、近藤へ託した。もう二人の文通は周囲の知るところとなっていたから。
帰って恋人の来訪を知らされた土方は、急いで返事に取り掛かった。
「トシ」
「悪ィな近藤さん。返事を書いてからでいいか?」
時間を取り決めていたわけではないものの直接受け取れなかった申し訳なさゆえ、土方は一刻も早く返事を渡しに行きたいのだ。しかし、その気持ちは理解した上で近藤には今のうちに聞いておきたいことがあった。
「その手紙のことなんだ。すぐ済むから」
「何だ?」
「外野が口出しする問題ではないということは分かっているが……ちゃんと会えているのか?」
「あ?会えなかったから早く返事を書こうとしてるんじゃねーか」
「手紙のことじゃなくて、デートなんかはできてるのか?」
「あ……」
鳩が豆鉄砲を食ったような土方の表情。次の瞬間、額を強か机に打ち付けた。
「とっトシ!?」
「忘れてた……」
「え?」
「そうだよな……デートはするもんだよな……」
「でっでも、手紙で愛を語り合うのも悪くないと思うぞ!こういうのは人それぞれだから」
どうやら本気で失念していたらしい真選組の頭脳を、局長が全力でフォローする。
「爛れた現代社会においてお前達はむしろ、一段高いところに進んだと言っても過言じゃない!」
「ありがとな近藤さん。返事書いたら、飲みにでも行く約束してくる」
「おっおおそうか。だが文通も本当に高尚でいいと思う」
「ああ」
もう一度礼を述べながら、土方は手紙を開封した。そして、
「ふっ……」
口元を綻ばせた。自分達を似た者同士と周りは言うが、周りも似た者同士らしい。便箋には、新八や神楽に諭されてデートをしてみたくなったと書かれていた。
――子供には、私達の文化的な付き合い方が理解できないようです。
  ここは大人として彼らに合わせ、デートをするのもいいかと思いました。
  ご都合のよろしい日を教えていただければ幸いです。
  昨日、江戸でもソメイヨシノの開花宣言がなされました。近所の桜も花開いてきております。
  貴方はいつ股を開いてくれるのでしょうか。

――デートに関しては私も仲間に同様のことを言われたところでした。
  三月三十日でしたら比較的早い時間に仕事を終えられそうです。
  ところで、私が股を開くのも吝かではありませんが、貴方が開いてくれても良いと思います。
  ご検討のほど、よろしくお願いいたします。

それからの二人は文字で思いを通わせつつ、逢瀬も重ねていくのだった。

(15.03.27)


前作をアップした際、pixivの方でありがたくも続きを希望して下さる方がいて書くことを決めました。
爛れた二人も良いですが、純愛路線まっしぐらな二人も捨て難いと思います*^^*
ここまでお読み下さりありがとうございました。

追記:また続きました。


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