後編


近藤待望のスナックすまいるへ行く日。どうせなら部下達も連れて売上を伸ばしてやれという土方のアドバイスに従って、八名で訪れた。その中には土方も含まれている。
「お久しぶりですお妙さん!」
「いらっしゃいませ。お手紙読んで、特上寿司とシャンパンタワーを用意しておきました」
妙が示した席には、店長とホステス姿の万事屋三人。「ホステス」三人は高級寿司を頬張っており、その脇には高く詰まれたシャンパングラス。金色の液体で満ちたそれらを銀時、もとい、パー子は上から崩して一杯一杯味わっていた。
涙を堪えて近藤は土方に耳打ちする。
「お妙さんが俺を待っていてくれるなんて、トシの手紙のおかげだな!」
「…………」
最も美しい注がれる瞬間を終え、頂上の欠けたシャンパンタワーに殆ど空の寿司桶――本人が嬉しいのなら文句は言うまいと土方は黙って後に続いた。

「いらっしゃいませ」
「テキトーに座っちゃってぇ」
「ゴチになるアル」
パチ恵、パー子、グラ子が各々ご挨拶。半円型のソファーセット、両端のパー子とグラ子の席を空けて真選組の面々が座る。中央付近の土方の隣にはパチ恵が着いた。
その向かいのスツールに妙が腰を下ろせば、近藤がどこからかもう一つスツールを運んで来て店長へ座るよう促す。
「足の具合はいかがですか?本当に申し訳ない」
「もうすっかり……この通り」
店長はその場で跳ねてみせた。
「それにあれはほぼうちのホステスが原因……」
「店長?」
「あっ!向こうのテーブルも見て来なきゃ!それではごゆっくり!!」
妙から逃げるようにして去っていった店長。元気そうで何よりと頷きながら、近藤はちゃっかり愛しの人の隣を獲得する。
「この度は本当にご迷惑をお掛けしました」
「いいえ。それにしても、お寿司だけじゃ寂しくありません?」
「フルーツでも何でもじゃんじゃん注文して下さい!」
いいんですか?――隊士らの視線に「足りなければ俺が払う」と返し、自らも握り寿司を頬張る土方であった。


「お妙さんんんんん!」
「寄るなゴリラァァァァ!」
格式ばって始まった謝罪の酒宴は、三十分もすればすっかりいつも通り。愛を叫び、抱き着き、殴られる。他に被害が及ばぬよう注視しつつも、滅多に味わえぬ美酒に隊士達は酔いしれていった。
「近藤さん、元気そうで良かったです」
最近は家にも来ていないようだったのでと、姉に飛ばされ見えなくなった本人に代わり、土方へはにかむパチ恵。気取られぬくらいに訪れていたらしいというのは伏せ、土方は「そうか」とだけ返した。
「そういえば……」
いくらの軍艦巻土方スペシャルを箸で摘みながら、パチ恵へ向かう。
「お前の姉貴、意外に教養があるんだな」
「え?まあ、父がいた頃は寺子屋にも通ってましたけど……」
何をもってそう思うのだと不思議そうなパチ恵に、近藤が手紙を見せてくれたのだと説明してやる。
「あの手紙は……」
ちらりとパー子へ目をやるも、グラ子と大トロの取り合い真っ最中で、こちらのことなど眼中にない様子であった。
近藤さんには内緒にして下さい――やや声を潜めてパチ恵は言った。
「実は銀さんが書いたんです」
「何ィ?」
「といっても銀さんは文章を考えただけで、実際に書いたのは姉上ですよ」
「アイツがな……」
「何見てんのよ」
大トロの奪取に成功したパー子は土方と視線が交わった途端、喧嘩腰に。
「いや〜ん、副長さんに視姦されてるぅ」
「誰がっ!」
「じゃあ何?大トロがほしいの?」
「ハッ……そんなもんいつでも食えらァ」
「ならガリの犬のエサスペシャルでも食べてたら?」
「あ?」
「まあまあ……パー子さんがすみません」
仮にも客に対する振る舞いではないとパチ恵が頭を下げれば、礼儀知らずの客にはこれでいいのだと開き直るパー子。場所はスナックであるものの、ただの宴会と相違なかった。

*  *  *  *  *

「なあ、トシ……何て書いたらいいと思う?」
翌日の屯所。土方が局長室を訪れると、部屋の主は机に向かい頭を抱えていた。来訪者の顔を見て安堵の表情を浮かべた近藤は、己の側へ手招きし、先の問いを投げかけたのだ。
机上には真っ白な紙が一枚。何の書類かは不明であるが、一文字も進んでいないようだ。
「何処に出すやつだ?」
「お妙さんだよ」
「は?」
「昨日のおもてなしの御礼状」
「礼状?」
昨夜の近藤は妙に着き纏った挙句アルコール度数の高い酒を飲まされ潰されて、土方がタクシーに乗せて帰宅した。それの何処が礼状を書く程の「おもてなし」なのかさっぱり理解できない。
目を輝かせて近藤は言う。
「お妙さんが『また来て下さいね』と返事をくれるような手紙を書きたいんだ」
「ああはいはい」
余程、返信をもらえたのが嬉しかったらしい。新八に口止めされているので言うわけにはいかないが、あの文面は妙が考えたものではないのだが。
「最後を『また店に行ってもいいですか』で締めれば、『いいですよ』と返ってくるんじゃねェか?」
「なるほど!……で、その前は何を書けばいいかな?」
「店に行った感想だろ。『久しぶりに顔を見れて良かった』とか『楽しい気分で飲めた』とか……あ、店長の怪我にも触れたらいいんじゃねェか」
「そうだな」
「それから挿絵なんだが……」
その後も助言通りに筆を進め、その日のうちに手紙をポストへ投函したのだった。

*  *  *  *  *

更に翌日。万事屋にはまたしても妙が近藤からの手紙を持ちこんでいた。
「返信よろしくね」
今度は便箋と封筒も持参している。
「え?これに俺が書くの?お前のフリして?」
「私からの年賀状、毎年届いていますよね?」
「はあ」
「だったら私の筆跡も分かるでしょう?」
「でもよ……」
「特上寿司とドンペリタワーに有り付けたのは誰のおかげかしら?」
「…………」
「それに、新ちゃんのお給料はいつになったら出るの?」
「分かりました!書けばいーんだろ!」
元より銀時に拒否権などなかった。封の切られた封筒を開き、中身を確認すれば、これまた丁寧な礼状である。しかも、妙と居るのが楽しくてつい飲み過ぎてしまい失態を見せてしまったが、また来店してもよいかと締め括られており、返事を書かないわけにはいかないことも分かった。
「また来てね的なことを書けばいいのか?」
「沢山お金を使ってね的なことを書けばいいわ」
「へいへい、了解しましたぁ」
踵を返した妙の背中に、追い出すようにも送り出すようにも取れる手の振り方をして、銀時は欠伸を一つ、机の引き出しから筆を取り出す。
「どうすっかなァ……」
下手に気を持たせるような返事を書けば、それに対する返事も来てまた自分が返事を書かなくてはいけなくなり……と面倒なことこの上ない。けれど、あまりに変な文面にしてそれが妙にバレたら半殺し。返事を書きたくならないような、それでいて妙も納得するような内容にしなければならない。
「これでいこう」
若草色の便箋に銀時の筆が流れていった。

*  *  *  *  *

「トシィィィ、またお妙さんから返事が来た!」
「良かったな」
「また来て下さいって書いてある!ありがとうトシ!!」
近藤勲様、と書かれた封筒を手に喜びはしゃぐ近藤の頬は腫れている。今朝のストーキングで食らったものであろう。
すまいる行きが「解禁」されて以来、近藤は堂々とストーカー行為を再開させていた。
「それでトシにお願いがあるんだ」
「何だ?」
「俺に代わって返事を書いてくれ」
「は?」
「今日の会議は絶対出ろってとっつぁんが……そういう時は絶対に夜の部もあるだろ?」
「そうだろうな」
恐らく会議の後は親睦会等の名目で飲み会がある。近藤は夜遅くまで解放されそうになかった。
「だから頼む!」
「明日書けばいいじゃねェか」
「お妙さんを待たせるわけにはいかん!」
「……分かったよ。アンタの筆跡なら真似できるしな」
「ありがとう!内容はトシに任せる!」
「はいはい」
これが正真正銘、妙からの心の籠った手紙であれば「遅れてもいいから自分で書け」と突っぱねていたところ。だが、封筒の文字が前回のそれと若干異なる印象を受け、土方は代筆を了承した。己の予想が正しければ、先に代筆をしたのはあちら側――よろしくなと出て行く近藤を見送って、土方は封を開いた。
「万事屋の野郎……」
読んですぐに予想的中を確信した土方。近藤がこれの何処に喜んでいるのか分からない……妙からなら何でも嬉しいのかもしれないが、それにしたってこれは酷い。唯一良しとできるのは「また飲みに来て下さい」の一文のみ。その後に続くのは――
『最近の弟は本当に逞しくなって、姉としても驚くばかりです。それもこれも、全て銀さんのおかげだと思っています。何せ銀さんは立派に万事屋の社長を務め、毎月の給料はもちろんボーナスも支給してくれて、私にも家族手当だとかで色々用立ててもらっています。これを元手に道場の再興をと考えていましたが、アイドルオタクの弟がコンサートやグッズに使い果たしてしまいました。そんな弟も優しく迎え入れてくれる銀さんは最高の侍だと思います。今日から弟には銀さんの爪の垢を煎じて飲ませます。少しでも銀さんの士道が身に付きますように』
土方はこめかみに青筋を浮かべつつ筆を取るのだった。

*  *  *  *  *

「あり?」
ある日、万事屋に届いた妙宛の手紙。差出人は近藤で、代筆がバレたのかとそわそわしながら銀時は中を確認した。
「そういうことね……」
手紙に目を通して即座に理解する。どうやら近藤には最初からブレーンが付いていたらしい。筆跡は以前の手紙と似ているものの、ここの住所を書いて送ってきたということは「ブレーン」が書いたものであろう。
「さあて、どうしてやるかな」
届いたばかりの手紙を事務机に広げ、銀時は若草色のレターセットを取り出した。
マヨネーズボトルの挿絵が入ったそれに書かれていたのは――
『すまいるで拝見した弟さんの仕事内容を見るに、碌でもない上司の下で大変苦労されているように感じました。ですが安心して下さい。そのような時にはマヨネーズです。安価で栄養満点な上、疲労回復にも抜群の効果を発揮いたします。私は仕事柄、徹夜も多いのですが、マヨネーズを懐に忍ばせておき、いざという時に摂取できるようにしています。弟さんも是非、一日一マヨから始めてみてはいかがでしょうか。猫のエサのようなものしか食べない糖尿病予備軍にもお勧めです』

*  *  *  *  *

後日、「真選組副長 近藤勲様」という宛名の手紙が届いた。仕分けた隊士は不審がっていたものの、土方が自分宛のものだと主張したため、近藤を介さず若草色の封筒は土方の手元へ渡る。
差出人こそ「志村妙」とあるけれど、似せる気もなくなったのか明らかに銀時の字。ふっと口元を綻ばせつつ、封を切った。
『今日も弟は銀さんの下で侍道を学んでいます。銀さんは侍の中の侍、侍王と言ってもいいのではないでしょうか。その力の源は何と言っても糖分だそうです。真選組の、とりわけ副長さんがいまいちぱっとしないのは、マヨネーズの過剰摂取と糖分不足によるものだと銀さんは言っていました。銀さんの言うとおりだと思います。銀さんの言うことに間違いはありません。やはり銀さんは侍王です』
「ハハッ……」
清々しい程のゴーストライター宣言。これで土方も遠慮なく書けるというもの。

『弟さんの上司はうちの副長の何を知っているのでしょうか。団子だあんみつだケーキだなどと、糖分であれば何でもいい男と違い、トシはマヨネーズ一択。真っ直ぐにマヨネーズに向き合うその姿勢こそ侍に相応しいものだと思います』

『みんな甘くてみんないい、という名言をチンピラ侍さんはご存知ないでしょうね。甘味は人々の心を和ませ、世の中を平和にする偉大なものです。銀さんはそのことにいち早く気付き、糖分王として自らその普及に努めているのです』

『マヨネーズは一日にしてならずと言われるように、マヨネーズを極める道は非常に険しいものであります。しかしトシは独自に鍛錬を積み重ね、今に至ります。糖分王さんも諦めずに精進すれば、必ずやトシに近い所までは到達することができるでしょう』

*  *  *  *  *

「あー……どうすっかなぁ……」
「まだ手紙続いてたんですか?近藤さん、今朝もうちに来てましたよ」
「一応それなんだけど、最早別物というか……」
銀時と土方の奇妙な文通は半年に渡り続いていた。名前こそ志村妙に近藤勲となっているが、内容はもう完全に自分自身。最近あった出来事を書いて送る、交換日記にも似たようなもの。
いつでもやめられると思っていた。いつかはやめると思っていた。しかしいつしか何を書こうか考えながら日々を過ごすようになり、返事を待つようになり、自分の言葉で伝えたい感情が芽生えてしまった。
自覚してしまうと今度はそれをいつ書くか、いつまでも書かないかで悩むこととなる。
「ええい、もういいや!書いちまえ!」
銀時は土方に宛てて「初めて」手紙を書いた。己の胸の内を、ありふれた二文字の言葉に託す。封を閉じるのは赤いハートのシール。切手は不要。同居人が大勢いる場所に郵送するものではない。本人に手渡さなくては。
「手紙出してくる」
懐に入れれば懐炉のように熱を持つ。震える手で玄関の扉を開ければ、
「あ……」
「よ、よう」
緊張の面持ちで呼び鈴を鳴らそうとしている土方が立っていた。その手には、銀時の懐の中身に非常によく似た封筒。
「ゆ、郵便です」
「あの、俺も……」
「どうも」
「どうも」

二人が付き合うきっかけは、志村家に届いた一通の手紙だった。

(15.03.11)


というわけで、文通(?)から始まる二人の恋物語でした。楽しんでいただけましたら幸いです。

追記:続きを書きました。

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