きっかけは志村家に届いた一通の手紙だった


きっかけは志村家に届いた一通の手紙だった。
「志村妙様」と丁寧な文字で宛名書きされた白い封筒を、当人は開けることなく万事屋へ持ち込んだ。弟の出勤に合わせて朝一番で。
「何これ?」
寝巻のまま、左手で頭を掻き掻き欠伸を一つ、事務所の長椅子に座った銀時は右手で手紙を裏返す。そこには「近藤勲」と書かれていた。
真選組局長の、妙への異常なまでの偏愛ぶりは最早説明の必要などないだろう。となればこれは恋文の類か。
今更この程度で騒ぎ立てることもあるまい。勝手に付き纏われるよりもマシとすら思えた。
銀時の隣では神楽が卵かけご飯を掻き込んでいる。俺の分も残しておけよと牽制すれば、茶碗八分目の白米と茹で小豆の缶詰を寄越された。
「昨日、新ちゃんが帰ったら届いていたらしいの」
「それで?」
「切手が貼ってあるでしょ」
「ああ」
「消印も押されてる」
「だから?」
「おかしいと思わない?」
「何が?」
至極当然なことを大事のように述べる妙に首を傾げる銀時。対する妙もどうして分からないのかと息を吐く。
「差出人はあのストーカーゴリラなんですよ?」
「ストーカーなんだからラブレターくらい出すだろ」
「いつもは直接持って来るんです」
「ああ」
漸く理解した。今回に限り一般的な手順を踏んで送ってきたから怪しまれているのか。近藤とて仕事柄、いつでも会いに行けるわけでもあるまいに……日頃の行いの報いだなと思いつつ、銀時はペーパーナイフ替わりに箸を封の隙間に差し込んで、切り開けてやる。
「ゴリラのくせに案外洒落た手紙書くじゃねぇか」
折り畳まれた横長の紙に筆で縦書き。中央下側に一枝描かれた梅には紅が入っていた。
「あら本当」
「へえ……」
食卓の上へ広げた手紙を見た妙も新八も感心した様子。頬に米粒を付けた神楽が問う。
「何て書いてあるネ?」
「詫び状だな。店長に怪我させちまったのか?」
「ええ。実はね――」
妙の話によると二日前、近藤はスナックすまいるに来店した。そこでいつものように妙に言い寄り、殴り飛ばされ、たまたま近くにいた店長が巻き添えになったとのこと。
「近藤さんは有り金全部置いて土下座したんですけれど、店長は足を痛めてその日は店にいられなくなっちゃったのよ」
手紙には妙への謝罪の言葉とともに、店長の体を案じる言葉が綴られていた。店長と直に会い謝りたい気持ちもあるが己の顔など見たくもないかもしれないと遠慮していること、可能であれば閉店後などに店長を訪ねたいこと、申し訳ないが妙にその取り次ぎを願いたいことも書かれている。
「つーか今の話だと店長の怪我、お前のせいじゃね?」
「私はゴリラが迫って来たから振り払っただけです」
「はいはい……まあ反省してるみたいだし、閉店後と言わず営業中に来てもらえば?」
「そうですね。全財産をドンペリに換えたら店長も許してくれると思うわ」
この件に関してのみ言えば明らかに妙も加害者なのだが、面倒なので銀時は適当に相槌を打ち小豆を茶碗の中へ。
「では銀さん、よろしくね」
「あ?」
小さな宇治銀時丼を手に、銀時はぽかんと口を開けて停止。何をよろしくなのか全くもって不明。なのに妙は分からないことが不思議だとでもいう態度。
「この手紙の返事よ」
「何で俺が……」
「何で私がゴリラに手紙を書くために、忙しい時間を割かなきゃならならないのかしら?」
「なら書かなきゃいいじゃねーか」
「そういうわけにはいかないわ」
いつものストーカー恋文なら構わないけれど、このように畏まった詫び状まで無視するのは気が引ける。あの日から近藤の姿を見ていないことも、この謝意が本物だという証拠に思えたから尚更である。
「だからって何で俺が……」
「頼まれたら何でもする万事屋でしょ?」
「報酬次第だな」
「新ちゃん、最後にお給料出たのはいつ?」
「確か二ヶ月前……」
「書かせていただきまーす」
痛い所を突かれてしまい、渋々代筆を引き受けることになった。
素早く朝食を済ませると、事務机の引き出しから紙と筆を取り出す。
「えーっと……」
億劫そうにしながらもさらさらと筆を進めて時候の挨拶を書く銀時。それなりに学があるのだと見直したのも束の間、私の字はそんなに下手じゃないと「依頼人」はケチを付けた。
「オメーの字なんて知らねぇよ。嫌なら後で書き写せ」
喋る間にも筆は紙を滑っていく。
手紙を読んで近藤の誠意が伝わってきたこと、店長にもきっと伝わると思うことを書き、次いで、店長の好物は寿司とシャンパンだと、やや遠回しに来店を勧めて閉じた。
「こんなもんでいいだろ」
「まあいいでしょう」
書き上がったばかりの紙を受け取って、それからしっかり新八の給料の催促をして、妙は帰っていくのだった。
途中、若草色の便箋と封筒を購入し、「見本」通りの手紙をしたためて郵送するのだった。

*  *  *  *  *

翌午後。真選組屯所にて。
「トシィィィ、お妙さんから返事が来た!」
まるで壊れ物のように両手の盆へ件の書簡を乗せ、近藤は興奮気味に副長室を訪ねた。良かったな――土方は筆を置いて出迎える。
「これもトシのおかげだ!流石はフォロ方十四フォロー!」
「はいはい」
店長の怪我を聞き、愛の告白も大概にしろと窘めたのは土方であった。市民の安全を護る警察官が、勤務外であったとはいえ、市民を傷付ける原因になってどうすると。
治療費を置いては来たが入店禁止もの。店長に申し訳なく、また、愛しの人に堂々と会える唯一の場所を失ってなるものかと、近藤は深く反省。そこで謝罪に行こうとするのを制止して、手紙を書くよう提案したのだ。妙と顔を合わせれば十中八九、暴力沙汰になってしまうのだから。

しかし、熱い思いが先行して上手く文章が纏まらず、土方へ助けを求めた。
かくして、助言通りに綴った謝罪文ができあがり、今に至る。
「で、何だって?」
「まだ見てないんだ」
トシと一緒に読もうと思って――いそいそと開封する近藤に呆れつつも表情を緩ませる土方であった。
「へぇ……意外にまともな文面じゃねーか」
妙からの手紙を読み終えた土方は素直な感想を述べる。
「意外とは何だ。お妙さんは礼節を心得た人だぞ」
「返事が来ねぇか、来たとしても『財産叩いてドンペリ』みてぇなもんかと」
「……実は俺もそう思ってた」
「ハハハッ」
言われてみれば、名門とまではいかないが武家の出。自分などよりきちんとした教育を受けていたに違いない。
「じゃあ早速今夜、すまいるに行ってくる」
「待てよ近藤さん」
その前に預金を引き出さねばと逸る近藤を再び座らせる土方。これまでの中でも格段に色良い反応なのだ。急いては事をし損じる。
「その前に返事を出せ」
「もちろんだ。すぐに書いて届けに行く」
「手紙は郵送しろと言っただろ……」
何故こんな当たり前のことで注意をしなくてはならないのか、土方の心労は絶えない。
「郵送となると、すまいるに行けるのは早くても明日に……あっ、明日は会合があったんだ。お妙さん……」
「…………」
明後日まで会えないと肩を落とす近藤を見ていると、こっそり毎日様子を見に行っているだろうなどと小言を言う気も失せてくる。せめて手紙に思いの丈をぶつけてくれと励ますのだった。
「よしっ、書くか」
幾度も武力行使とともに拒絶されてもへこたれない不屈の男・近藤勲。即座に切り替えて恋文の下書きに入った。
「明後日すまいるに行きます。それまでお妙さんに会えなくて寂しいです……」
「店長の寿司とシャンパンも忘れるな」
「おおそうだった。『お妙さんを思うとムラムラします』は……」
「絶対に書くなよ」
「だっだよねー。分かってるって。それからまた余白に梅の絵を描けばいいかな?」
「いつも梅じゃ芸がねェ。今回は鶯でどうだ?」
「うぐいす……」
彼の鳥を思い浮かべながら人差し指で空中に描く近藤へ、土方は己の文机を差し出した。すまんな――その筆を取り、頭の中の鶯を紙の上へ生まれさせる。
「……こんな感じだっけ?」
「違ぇよ。もっと嘴が小さくて尾は――」
「また見本描いてくれよ」
「分かった分かった」
近藤の鶯と土方の鶯が並ぶ。
自分のだって良い線までいっていた気がしたものの、隣に「正解」が来ると、なるほど確かに鶯とはこんな鳥だったと思い知る。

こうしてまた一つ、フォロ方十四フォロー監修の恋文が完成したのだった。

(15.03.06)


倉庫リバ小説100本目は初心に帰ってなれそめ話です。今のところ近藤さんとお妙さんの話っぽいですが、後編は銀さんと土方さん中心になります。
続きのアップまで少々お待ち下さいませ。

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