違和感がなさすぎても違和感を覚える
この日、銀時はかぶき町の飲食店で雑用を依頼されていて、深夜、帰宅の途に就いていた。
依頼料は後日振込みだから懐は寒いまま。早く帰って寝てしまおうと馴染みの客引きも適当に
あしらって歩いていた。
「親父ー、もう一杯!」
「…………」
ふと聞こえた声に銀時は一軒の焼鳥屋の前で立ち止まる。ガラリと扉を開けて中を覗けば案の定、
近藤、土方、山崎の他、数名の真選組隊士らしき男達が飲んでいた。
「飲み過ぎですよ副長……」
「山崎、俺を誰だと思ってるんら」
「トシはまだまだいけるよな!」
「近藤さんの言うとーり!」
「まったくもう……あれっ、旦那?」
「よう」
仕事を終えた者から徐々に集まったのか、飲み始めたばかりと見える者もいる中で、
土方は椅子に座りつつ壁に凭れている状態。そんな土方の目の前で銀時はひらひらと手を振った。
「おーい、分かるか?」
「山崎が銀時に見える……」
「それは本物の旦那ですよ」
「あ?……やっぱり山崎じゃねーか!」
「いや俺じゃなくて……」
酔っ払いは一先ず放置することにして、山崎は銀時に尋ねる。
「どうしてここが?」
「ただの通りすがり。でかい声が表まで聞こえてたぞ」
「ああ、そうでしたか」
「つーわけで……土方くん、帰るよー」
「んっ」
ふわりと浮いた二本の腕。銀時は一旦それを両肩に乗せて正面から土方を抱えて立たせると、
右腕を肩に掛け、腰に左腕を回して引きずっていく。
「金は後で請求して」
「あ、はい」
明日の会議にはちゃんと間に合わせるからと告げ、銀時は出口へ向かった。
「駕籠代あるか?乗ったら吐きそう?」
「俺ァまだまだいける……」
「はいはい」
土方を気遣いつつ店を出る銀時の姿に、隊士達はぽかんと口を開けた。近藤が誰にとはなしに呟く。
「万事屋がトシの帰る所なんだな……」
「あ……」
その発言に他の者達の靄も晴れた思いだった。あの二人が何年も交際しているのは知っていて、
だから銀時が土方を介抱するのも当然で、だけど何かがおかしいような気がしていたのだ。
「副長のスケジュールも把握してるんですね……」
そういえばと山崎も続く。銀時が口にした「明日の会議」。当然のように出て来た感じからして、
明後日以降の予定も知っているに違いない。
長年積み重ねてきた二人の関係を思いがけず目撃することになった面々は、喧嘩ばかりしていた
頃の二人を肴に飲み明かすのだった。
* * * * *
「ただいま……」
「おかえりなさい」
小声で帰宅を告げて玄関を上がった銀時であったが、押し入れが開き、寝巻姿の神楽が出迎えに
来てしまう。
「悪ィ。起こしちまったか?」
「大丈夫ネ。トッシーの布団、敷いてあげるヨ」
銀時の担いでいる男を確認し神楽は和室へ向かった。その後ろ姿にもう一度詫びて、銀時も続く。
「ぎんとき?」
「起きたか……着いたぞ」
辛うじて目を開けた土方を畳へ下ろし、神楽と二人で寝床の準備。
「ほら、神楽が敷いてくれたぞ」
「ああ……」
未だ夢見心地の土方が懐を探る様子に神楽は瞳を輝かせた。これが目当てで手伝ったようなもの。
期待通り土方は小銭入れを取り出して、神楽の手に硬貨を一枚握らせた。
「ありがとな」
「どういたしまし、て……」
敷きたての冷たい布団に早速潜り込んだ土方。銀ちゃん……呼ばれて見れば手の平の上には
一円玉がちょこんと乗っていた。
「ハハッ……まだ酔ってんだよ」
この前は百円だったのにと唇を尖らせる神楽の頭を撫でて寝床まで送り、銀時は着替えて土方の
隣の布団へ。すると気配に気付いた酔っ払いは銀時の布団に侵入してくる。
「ぎんとき……」
熱い息に乗せて名前を呼んで、抱きしめたその手は背中を下に進んでいく。
「大人しく寝とけ」
「いてっ……」
ぺしりと額を叩かれて土方の手は臀部で停止。叩いた場所に口付けを落とし、銀時も土方の背に
腕を回した。
「折角敷いたのにって神楽に怒られるぞ」
「…………」
本格的に夢の世界の住人となった土方に笑みを零し、銀時も目を閉じるのだった。
* * * * *
翌朝五時過ぎ。寒さを感じて銀時が目覚めると隣の温もりも布団も消えていた。瞼を擦りつつ
半纏を羽織り、緩慢な動作で台所まで足を運んだ。
「おはよー」
「おう」
そこでは襷掛けで袖を纏めた土方が朝食の仕度をしていた。シンクで顔を洗う銀時にタオルを
用意し、土方は謝罪の言葉を述べる。
「昨日は悪かったな」
「ああ。……味噌汁の具は?」
「大根と油揚げ」
顔を拭いて銀時は冷蔵庫に寄り掛かった。
「大根の切り方は?」
「イチョウ切り」
「ここは千切りだろ。いちょう切りは豚汁の時」
料理に参加する気はないらしいが口だけは出す。どっちもイチョウでいいじゃねーかと文句を
言いつつ、土方の手元では大根が千切りになっていた。
匂いにつられて早起きした神楽も加えて炬燵を囲んで三人の食卓。
卵かけご飯に味噌汁、白菜の漬物、鮭の切り身は皮がぱりぱりになるまで焼いてある。
「大事なもん忘れてるじゃねーか。まだ酔ってる?」
「今、取りに行くところだったんだ」
銀時が台所へ取りに戻ったのはカロリーハーフのマヨネーズ。その日の気分で好みが変わる
土方用に、常時数種類のマヨネーズがストックされていて、いつしか銀時も違いの分かる男に
なっていた。
一足先に食べ始めていた神楽が空になった茶碗をとんと置く。
「今度の休み、皆でユーエフジェーに行きたいアル」
友人が行ったのだと二杯目の卵かけご飯を盛り付けながら言えば、
「ユーエスジェー、な」
エフでは銀行の名前だと銀時がツッコんで、視線で土方へバトンタッチ。
「悪ィな。暫くは江戸から離れらんねぇんだ」
「また仕事アルか……」
「仕方ねーだろ。土方は江戸の平和を護るお巡りさんなんだから」
「近場の遊園地なら、次の木曜に行けるぞ」
「行くネ!」
「事件が起きなかったらな」
指切りげんまんと約束を交わし、神楽は満面の笑みで三杯目の卵かけご飯を掻き込む。
土方と銀時は無言で視線を合わせ、目を細めるのだった。
「そういえば、お化け屋敷が新しくなったってテレビで言ってたヨ」
げふんごほんと同時に噎せて、銀時も土方も湯呑みの茶を一気飲み。どんどんと胸の中央を叩く。
「新八はテレビ見ただけでビビってたから三人で入ろうね」
「しっ新八一人は可哀相だろ。俺も待っててやるから土方と行って来い」
「あ?おお俺が待っててやるよ」
「いやいや俺が……」
「何を言ってる俺が……」
二人が嫌なことをなすりつけ合っているうちに――神楽の箸が銀時の皿に伸びた。
「あっ神楽テメー、狙いは俺の鮭か!」
「違うネ!卵もアル!」
「俺のをやるから喧嘩すんなって……」
「マヨかけご飯はいらないネ!」
「好き嫌いは良くないぞ」
「あっ!」
マヨネーズがたっぷりかかった鮭を丼飯の上に乗せられて、神楽は渋々それを口に運ぶ羽目になる。
人の食事に手を出そうとした罰だとほくそ笑む銀時であったが、
「意外とイケるネ」
「だろ?」
鮭マヨネーズはそれほど突飛な組み合わせでなく、神楽の腹を充分に満たしていった。
「じゃ、行ってらっしゃーい」
「おう」
仕事に向かう土方と見送りに出る銀時。神楽は奥の部屋で朝の情報番組を見ているところ。
今夜も土方がここに「帰る」のかは未定。だけど必ずまたそのうちに。
何年何月何日からなんて取り決めは存在しないけれど、ここは土方の帰る場所だから。
(14.02.11)
本誌での仲睦まじさから「早く結婚しろ」と叫ばれて久しい二人ですが( ?)そんな彼らの結婚生活を想像してみました^^
いちゃいちゃ新婚カップルな土銀はバカップルシリーズで書いたので今回は熟練夫婦で。ナチュラルに 夫婦な土銀、いいですよね〜。
そしてそれを認めてる神楽ちゃんも。出て来ませんでしたが新八ももちろん認めてると思います。機会 があれば四人で遊園地に行く話も
書きたいなぁ。 まずはここまでお読みいただきありがとうございました。