ひやかさずにはいられない


いいこと教えましょう――市中見回りの最中、沖田が思わせ振りに発した言葉に土方は眉を
顰めた。沖田の言うことが「いいこと」であった試しなどない。視線を先にやれば、沖田がよく
休憩と称して入り浸る茶屋まで間もなくといったところ。そこで話をしようということか……
ここのところ地味に忙しくて疲れていた土方は、教えてくれなくていいだ何だと押し問答するのも
億劫で、自ら茶屋の店先に腰を下ろした。

上手くいきすぎて面白くないと矛盾した感情を抱えつつ、沖田もその隣に座り、みたらし団子を
一皿注文する。

「……で?」

どうせサボりの口実なのだとは予想がついてはいるけれど、一応の体面を繕って尋ねた。
出された茶をずずっと啜り、「旦那のことでさァ」と沖田。

「この前、旦那がホテルに入るのを目撃しましてね……」
「そうかそうか……」

気のない相槌を打ちながら土方は新たな煙草を咥えて火をつけた。その反応が大いに不満らしく、
旦那がホテルですぜと沖田は繰り返す。

旦那こと坂田銀時は土方の恋人で、それなりに長い付き合いとなっているため、二人と近しい
間柄の者は皆そのことを知っている。そして交際開始当初から沖田は何かにつけて二人の関係に
揺さ振りを掛けていた。それで本当に関係が壊れるとは思っていないようではあるが。

それでも決して二人の仲を認める素振りを見せないのは、これが単なる嫌がらせの一貫という
だけでなく、ミツバの件があるからだろうと土方は思っている。
だからこのことに限り沖田が何を言おうと否定も制止もすまいと決めていた。

「分かった分かった」
「浮気してるかもしれませんぜ」
「分かった分かった」
「旦那の入った部屋から女の声も聞こえやした」
「…………」

煙草の煙と共に腹の中から息を吐き出し、どうしてそんな声が聞けたのだと、暗に嘘であろうと
臭わせれば、

「ホテルで土方さんと会うんだと思って、何か弱みでも握れないかと付けたんでさァ」

いけしゃあしゃあと言い放つ。

「そしたら女のいる部屋に入ってったもんだから、これは土方さんにお知らせしなきゃと」
「そりゃどーも……」
「……信じてませんね?」
「まあな」

浮気など有り得ない。それだけ愛されているなどと自惚れるわけではなく、銀時の性格上、
土方に不満があれば遠慮なく言うはずだから。黙って隠れてなんてタイプではないから。

「でも残念ながら真実なんです」
「そうかそうか」
「旦那もあれで案外モテますからねィ」
「そうだな」
「たまには突っ込んでみたくなったんですかね?」
「……さあな」

土方の返答にやや間が生じたことを沖田は聞き逃さなかった。銀時の浮気を信じ込ませることは
流石に無理があったようだが、この話題であればいけると確信する。

「そもそもどうやって上と下を決めたんですか?」
「どうだっていいだろ……」
「旦那だって男なんだから、突っ込む方がいいんじゃないですか?」
「知らねーよ」
「一度くらい抱かせてやったらどうです?女に取られるよりはマシでしょう?」
「アイツがそうしたいなら、な」

沖田と話すのも面倒になってきた土方は先に巡回へ戻ることにして立ち上がった。
湯呑を重しにして千円札を置き、食い終わったら来いと告げて歩きだす。このまま沖田がサボる
危険性もあるが、サボリたい時には自分の目があってもサボるヤツだ。結果は変わらない。


こうして土方の姿が見えなくなった頃、茶屋の店内から出てきた客が沖田の隣に腰を下ろした。

「……いたんですか」
「分かっててあんな話してたんだと思ってた」

沖田の横に座ったのは先程まで話題に上っていた「旦那」であった。
銀時は紙幣の重しとなっている湯呑に残る茶を一気に飲み干すと、奥にいる店員に向かって、

「お茶のおかわりと、これで団子食えるだけ持って来て。あんこ多めで」

と何の迷いもなく注文する。

「それ、俺の団子代なんですけど」
「ああそうか……足りない分は沖田くんが払ってね。どうせ後で土方に請求するんでしょ」
「まあ……」

浮気疑惑を掛けられて怒っているのかただの集りか……銀時の真意が読めず、沖田は空の串を
持ったままじっと隣を見る。

「沖田くんさァ……」
「何ですかィ」

正面を向いたまま、視線を合わせずに呼び掛けられて沖田は身構えた。その様子にふっと笑って
銀時は沖田の方を向く。

「そんなに怖がんなくてもいいよ」
「別に……」
「まあ、あることないこと言われてちょっとムカついてはいるけどね」

出てきた団子を頬張りながら銀時は続ける。

「読者のためにも一応説明しておくと、銀さんはホテルで掃除のバイトしてただけだから。
部屋にいたお姉さんは先輩で、掃除の仕方を教わってただけだから」
「……そうでしたか」
「あんまりイジメないでよ土方くんのこと。オモチャを取られて寂しい気持ちも分かるけど」
「そんなんじゃありません」
「そう?ならまあ、程々に頼むね。今日みたいなことがあると、イライラして凄く激しくなるか、
不安になって凄く優しくなるかなんだよね……。どっちにしろ普段以上に気持ちいいこといっぱい
されて、銀さん翌朝動けなくなるからね」
「そうですか……」

惚気話の様相を呈してきたことが気に食わなくて、沖田は銀時の皿から団子を一本奪ってやった。
自分で支払うわけではないからか、特に文句は言われなかった。

「だったら旦那が突っ込んでやればいいじゃないですか」
「いや、何もしないで気持ち良くなれるからそれは別にいいんだよ。アイツ上手いし。
ただ本気出されると次の日まで残ってキツイってだけで。……あ、これ酒と同じだな。
飲むのは楽しいけど二日酔いは辛い。でもやめられない」
「それはそれは……」

沖田は自分の分の団子代を置いて席を立つ。
やめられないのは酒か土方かどちらもか――思った以上に固い絆で結ばれていることを知り、
今後は別のことで土方をからかおうと心に決めた沖田であった。

(13.04.08)


土銀と沖田は日頃からこんな感じなんじゃないかと思っています。ちょっかいを出しつつも何となく二人の仲は認めている的な。
銀さんは、沖田と一緒になって「土方いじめ」をすることもあれば、いじめられた土方さんを慰めることもあるかなと。
……まあ、慰めずに「そんなことで凹んでんじゃねぇ!」と怒ってもよし^^
何はともあれ、周りからも愛されてる二人が好きです。 ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
 


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