「あ〜ぢぃ〜……」

残暑厳しい八月の半ば。冷房機器のない万事屋から早々に避難した子ども達の後は追わず、
銀時は下着一枚になりながらも家に留まっていた。それは今朝、恋人から急に休みが取れたと
連絡が入ったから。きっと冷たくて甘いものを持って来てくれるに違いないと思い「待ってる」
などと返してしまったが、約束の時間までまだ一時間……冷房の効いた喫茶店かファミレスで
待ち合わせればよかったと後悔していた。


トッシーの里帰り


「お久しぶりでござる坂田氏ィ!」
「…………」

一時間して現れたのは、恋人の外見をした別の存在。濃紺の着物は何度か見たことあるものだが、
額には赤いバンダナを鉢巻き状に巻いている。
その笑顔を見た瞬間、銀時は無言で彼の脳天に手刀を振り下ろした。

「痛ァ!いきなり何するでござる!」
「それはこっちの台詞だ!まさか朝電話してきたのもテメーか!?」
「違うナリ〜。拙者、十四郎が休みだと聞いて出てきた次第で……」
「つーかテメー、原作じゃとっくに成仏してんの知ってっか!?管理人と同じオタクだからか
何だか知らねーけどなァ……出過ぎなんだよ!」
「成仏してるのは分かってるナリ。お盆だから帰ってきたでござるよ」
「お盆って……」

そもそもトッシーは土方と縁のある人物ではなく、この世に未練があって刀に乗り移り、
その刀を土方が使ったにすぎない。
土方によって充分に「生」を楽しめたとはいえ、お盆の「帰省先」になるのには違和感がある。

「いや〜、十四郎の体を借りると部下を顎で使えたり女子にキャーキャー言われたりと
いいことずくめで……」

まだまだ人生を謳歌するつもりらしいトッシーに、銀時はもう一発―先程よりも力を込めて―
手刀を振り下ろした。

「痛ァァァァァ!酷いでござる坂田氏ィ!坂田氏は恋人の体が大事じゃないのかい?」
「その体使って女なんかナンパしてんじゃねェェェェェ!」
「誤解でござる!女子達の方から声を……」
「テメーが腑抜けた顔で歩いてっからだろ!いつものアイツみてぇに極悪人面でいれば
誰も声なんか掛けねーんだよ!」
「こ、こうでござるか?」
「うっ……」

トッシーはやや目を細めて眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げてむむむと銀時を睨み付けてみた。

「まっまあまあだな……」
「坂田氏、顔赤いでござるよ」
「ううううるせーな!これは暑いからだよ!」
「そんなこと言ってェ〜、拙者の顔にときめいたでござるな?坂田氏は本当に十四郎が
好きナリね。アツイアツイ……」
「暑いのは夏のせいだっ!」

銀時はバシバシとトッシーの頭を叩く。

「痛いよ坂田氏ィ〜。せっかく十四郎を連れて来たのに……」
「なら早く交代しろ!」
「そんなに早く会いたいナリか?」
「違っ……テメーといるのが嫌なだけだ!」
「はいはいツンデレツンデレ……」
「違ェよっ!」
「ところで坂田氏、この部屋尋常ならざる暑さナリね」
「土方くんが涼しいトコに連れてってくれる予定だったんですけどね〜」

嫌味を言ってもトッシーには効き目がなく、人懐っこい笑顔でそこへ行こうと言われてしまう。

「……分かった」

銀時は少し考えてから承諾した。時間が経てばコイツは「帰って」いくのだろう。
ならばちょいとビビらせてやればそれが早まるに違いない……フッと不敵に口角を片側だけ
上げて、銀時はいつもの服に袖を通した。


*  *  *  *  *


「ささささ坂田氏……」
「とっとと入れ」

銀時に連れて来られたのは、西洋の城を模しているはずなのに其処彼処から安っぽさが
滲み出ている休憩所―とどのつまりはラブホテル―であった。
どう見ても経験はなさそうだが流石にここが何処かは分かるらしい……慌てふためくトッシーの
腕を掴んで銀時は中へと入っていった。



「ああああの……」
「やっぱ平日の昼間だと空いてるなー……」

トッシーの腕は掴んだまま、しかし呼び掛けは無視して銀時は受付横のパネルで部屋の写真を見る。
そして一つの部屋に決めて部屋番号のボタンを押し、受付係にフリータイム利用を告げた。

「じゃ、支払いよろしく」
「いいいいや……」
「今はフリータイム中だから夕方までいられんだぜ」
「だだだだだからその……」
「積もる話は部屋に入ってからな?」

表明上はにこやかに、だが額に青筋浮かべて腕を掴む手にぎりぎりと力をこめる銀時。
その迫力に圧倒されてトッシーは懐から財布を取り出した。


*  *  *  *  *


「っは〜!涼し〜い!」
「…………」

入室するなり冷房を「強」にしてベッドへダイブした銀時を、トッシーは入口付近に
留まったまま睨みつけている。

「見損なったナリ!」
「何だよ。……言っとくけど、ホテル代はいつも土方持ちなんだからな?」
「そこじゃない!身体目当てなんて十四郎が可哀相ナリ!十四郎は心から坂田氏を
愛しているのに……」
「あ?」

銀時はベッドを下り、「十四郎」を思って怒り泣くトッシーの胸倉をぐいと掴んだ。

「おいこらテメー、誰が身体目当てだって?」
「坂田氏ナリ!拙者をここへ誘ったのが何よりの証拠!」
「っざけんな!」
「ぐふっ……」

鳩尾に拳を食らい、トッシーはその場で蹲る。か細い声で暴力反対を訴えるトッシーを蹴り飛ばし、
銀時は部屋の中へ戻った。
ソファに踏ん反り返り、ローテーブルに置いてあったファイルをペラペラと捲る銀時。
トッシーは涙目になりながらも立ち上がる。

「この身体は確かに十四郎のものでござる。けれど拙者は十四郎じゃ「知ってる」

ファイルに視線を落としたまま銀時はトッシーの言葉を遮って、そして枕元の電話機に向かった。

「ルームサービスお願いします。フルーツパフェといちごショート、それからアイスカフェオレ……
ああはい、ガムシロップは三つで……はーい、お願いしまーす」
「さ、坂田氏?」
「ここには涼みに来たんだよ。……最初に言ったじゃねーか」

ファイルを元の場所に放り投げ、銀時はベッドの縁に腰掛ける。

「まあ、土方が戻ってきたら別のコトにも使うけどな」
「だったら喫茶店で充分でござる。やはり拙者の体が……」
「テメーなんかに勃つか!」
「いや、坂田氏は無理矢理勃たせて乗っかるのが好「何でテメーが知ってんだァァァァ!」

怒りに任せて銀時が投げ付けた枕は、トッシーの足元に落下した。

「テメー、土方とは記憶共有してねェんだろ?」
「でもまあ、頭の中で十四郎と会話をすることはあるというか……」
「何を話してんだあのクソマヨラー……」

脱力してベッドへ転がる銀時に「騎乗位が好きだということしか知らないナリ」と慰めにも
ならない言葉を掛けるトッシー。やはりコイツといると疲れる。ホテルに連れ込めばビビって
帰ると思ったのに……銀時はそこで考えるのを止めて目を閉じた。


*  *  *  *  *


「坂田氏、起きるでござる」
「んあ?」

トッシーを無視している間に本当に寝入ってしまった。連日の熱帯夜で熟睡できずにいたところ
涼しい部屋に大きなベッドがあれば仕方のないこと。未だ半分以上閉じたままの銀時の目に
映ったのは、先ほど注文したパフェその他。

「おぉっ、美味そ〜!」

一気に覚醒した銀時はソファへ飛び移った。トッシーもその横へ遠慮がちに腰を下ろす。
大好物を前にして、寝る前にイラついていたことは何処かへいってしまったのか、
トッシーが近くにいても気にせず笑顔でパフェスプーンを握った。

「いっただっきまーす!……あ、おいっ!」
「え……」

ケーキの皿に伸ばされたトッシーの手はパシリと払われる。

「俺のケーキ取るんじゃねーよ」
「だって坂田氏はパフェが……」
「お前も食いたいなら自分で頼め」
「支払いは拙者でござるよ」
「お前じゃなくて土方、な。つーかお前、支払い終わったんなら行っていいぞ」
「何処へ?」
「知らねーけど、やりたいことあんだろ?アニメDVDを買うとか……」
「拙者、今日は坂田氏に会いに来たでござるよ」
「は?何で?」
「そ・れ・はァ……」

ああ、やはりコイツを見てると疲れる……恋人と同じ外見ながら、恋人では有り得ないほど
なよなよしていてハッキリしない。これ以上、土方らしからぬ姿を見せないでくれと
言おうとしてはたと気付く。これではまるで、自分が土方に夢を抱いているようではないかと。
煙草を吸うためだけに宇宙へ行くようなヘビースモーカーで、生きとし生けるもの全てが
マヨネーズ好きだと信じて疑わないマヨラ―で、瞳孔開き気味で目付きが悪くて……
そんな欠点だらけの土方にヘタレオタク属性が加わったから何だというのだ。

何の問題もないなと銀時はパフェの生クリームを掬って口の中へ入れた。

「拙者の話、聞いてる?」
「あー、聞いてる聞いてる……」
「それで拙者、坂田氏とおしゃべりがしたいでござるよ」
「あ?」
「坂田氏は、拙者の友人の中で唯一の一般人であるからして……」
「テメーと友達になった覚えはねーよ」

カフェオレにガムシロップを三つ、最後の一滴まで振り入れて、ストローで掻き回しながら
ぶっきらぼうに返してはみたけれど、

「相変わらずのツンデレでござるな」

妙なテンションの男を止めるまでには至らなかった。

「話す、つってもよー……俺ァともえ何とかには詳しくねーぞ」
「坂田氏とは普通のおしゃべりがしたいだけナリ。確かにトモエ5000は語り尽くせぬ魅力が
あってその第一話のオープニングはまさに伝説の始まりに相応しく……」

*  *  *  *  *

一時間後。

「……ゆえにトモエちゃんとその仲間との関係性において子ども向けアニメの範疇を
優に越える細やかかつリアリティ溢れた心理描写が……ハッ!」

トッシーが我に返った時には、目の前の皿もコップも空になっており、銀時はソファの背凭れに
頭を預けて眠っていた。

「起きておくれよ坂田氏ぃ〜」
「ん〜…………話は済んだか?じゃあ土方に……」
「済んでない!拙者、坂田氏と一般男子のように下らない日常会話がしたいでござる」
「はぁ?お前、そんなことのためにわざわざ来たのか?」
「だってレアモノのフィギュアや限定版DVDを買ってもどうせすぐ十四郎に捨てられるし……
ここは物より思い出でござる!ていうかぶっちゃけ、坂田氏とデートの約束したのに別の
ことすると、十四郎の身体が拒否反応を示して拙者が入っていられなくなるナリ」
「……デートの約束したのはお前じゃねーけどな」
「普段はどんなデートをしてるでござるか?」
「とりあえずメシかおやつ食って……あとはホテルだな。夏じゃなけりゃウチに泊まることも
あるけどよ」
「爛れてるナリね〜」
「いーんだよ別に」
「もっと恋人らしくしたいとは思わないでござるか?」
「ねーよ。俺と土方でラブラブしてたらキモイだろ」
「まあ確かにそうだけども……」
「おい、そこは嘘でも『そんなことない』って言っとくとこだろ」
「拙者、嘘は吐けない質なんで」
「はいはい……」

別人格とはいえ、恋人と同じ顔で同じ声で爛れてるだのキモイだのと……トッシーから
見えない角度で銀時は自分の着物の端をぎゅうと握った。トッシーはそんな銀時の横顔を
じっと見て、けれどすぐにいつもの穏やかな表情に戻って聞く。

「ところで坂田氏は十四郎のどこに惹かれたナリ?」
「はあっ?べべべべつにあんなヤツのことなんか……」
「坂田氏……もうツンデレは充分ナリよ」
「ツンデレじゃねーよ!俺は本心から……」
「十四郎はそんなツンデレなところが好きだって言ってたでござるよ」
「え、何?アイツそんなこと言ってた?つーか俺ツンデレじゃねーけど、まあその辺のこと
話したいなら詳しく話してもいいぜ」

どうしようかな、などと言いながらも楽しそうなトッシー。いいから話せよとこちらも
楽しそうな銀時ににこりと微笑んで、仕方ないなと口を開いた。

「坂田氏は、十四郎のことを好きだなんて言わないし、デート代もいつも十四郎持ちだし、
積極的なのは溜まってる時だけで……」
「おいこら……」
「でも嫌なことは絶対にしない坂田氏だから、一緒にいるのが嫌じゃないんだって分かってて……」
「確かに、嫌じゃねーけどよ……」
「それに、十四郎が寝てる時限定で抱き着いてくるところが何より可愛いと……」
「なっ!?」

銀時の顔が一瞬にして赤く染まる。

気付かれてはいないと思ってた。
土方の鼓動を感じると夢見が良くて、でもそんなことは口が裂けても言えなくて、
求められても暑苦しいと拒絶して……だから土方が寝入ってからそっと身を寄せて、
土方が起きる前に離れていた。
銀時の方が先に寝入ることもあったけれど、その時は土方が抱き寄せてくれるから、
土方のせいにして朝までくっついていられた。

「坂田氏?」
「う……嘘だ!そんなのアイツの妄想だ!」
「はいはい……」

無駄だと分かっていても否定せずにはいられない。銀時にとってそれは最重要機密事項なのだから。
だけど一方で、納得もしていた。
優しさも可愛いげもない自分との付き合いを、どうして土方は続けているのか。
かなりのM気質なのかと思ったこともあったが何のことはない、銀時の気持ちが伝わっていたのだ。
しかもそれを銀時に悟られることなく。

「ムカつく……」
「まあまあ落ち着いて。これで安心してラブラブできるナリよ」
「しねーよ!……真選組の仲間だと勘違いされたら面倒だからな」
「ああ、十四郎の立場を気にしてくれたでござるか」
「違ぇ!」
「でもここなら二人っきりだから存分にラブラブするナリ」
「だからテメーはっ……!?」

トッシーがゆっくりと目を閉じ、そして次にその目が開いた時、彼を纏う空気が変わったのを
銀時は感じた。まさか、このタイミングで……

「よう」
「ああああああああああ〜!!」

銀時は声を限りに叫びながら「土方」を突き飛ばし、厠へ駆け込んだ。

ぶつけた箇所を摩りつつソファへ戻った土方はすぐに追うことはせず、状況を整理するためか
煙草を一本咥えて火をつける。

「フー……」

吐き出した紫煙は冷房の風に舞ってあっという間に霧散した。

(12.08.31)


久々の土銀+トッシー話でした。前に書いたトッシー話と同じ設定のつもりですが、これだけでも読めるので続き表記はしてません。

土方さん戻ってきたので後編は18禁になりす^^ 続きアップまでもう暫くお待ち下さい。

追記:後編はこちら。注意書きに飛びます