※トッシー成仏前です。
「坂田氏〜、こんにちはナリ〜」 「……間に合ってます」 恋人かと思いきや別人格の訪問に、銀時は話も聞かずそっと引き戸を閉めた。糠喜びさせやがってコノヤロー……しかし、閉め出されたトッシーは諦めずに戸を叩いている。 「坂田氏ぃ……拙者の話を聞いておくれよー。今日は依頼に来たでござるよ〜」 「……依頼?」 仕事を持って来たらしいことが分かり、銀時は玄関を開ける。ここのところ万事屋への依頼が全くなく食事もままならない状況だったのだ。何より恋人と同じ顔で頼まれると断わりにくい。 銀時はトッシーを招き入れた。
「トッシー、久しぶりアルな」 「神楽氏、相変わらずチャイナ服が似合ってるでござる」 「当然ネ」 「銀さん、随分トッシーと仲良くなったんですね」 「結局銀ちゃんは顔が良ければいいアルヨ」 「見損なうな!依頼だっつーから入れてやっただけだ!で?依頼って何だよ」 「実は坂田氏にイベントのお手伝いをしてほしくて……」 「イベントぉ〜?オメー、まだオタクの活動してんのかよ……」 「当然でござる!イベントに参加させてくれるという条件で、十四郎の仕事の邪魔はしないナリよ」 「あっそー」 「というわけで明日、七時に迎えに来るでござる」 「は?明日?」 「そろそろ戻らないと十四郎に怒られるので、これにて失礼」 「あっ、おい!まだやるとは……」 「よろしくナリ〜」 トッシーは笑顔で手を振りながら万事屋を後にした。
スーツも三割増しではあるけれど
「おはよう坂田氏」 「……おはよ」 翌朝七時、宣言通りに再訪したトッシーは、黒紅色の背広に身を包み、前髪を中央で分けて眼鏡を掛けていた。腰に刀は差しているものの、起きぬけの頭では、声を聞かなければ誰だか分からなかったであろう。 「何その格好?」 「今日の新刊に合わせてみたナリ」 「新刊?お前まだ落書き本描いてんの?」 初めて会った時に「コミケで荒稼ぎする」と妙な自信満々に見せられた同人誌を思い浮かべ、銀時は呆れ返る。 「ウェブでは結構人気あるでござるよ」 「はいはい……」 ヘタれたオタクの話など全く興味はない。いい加減に相槌を打ち、依頼をこなそうとブーツを履きかけた銀時は、トッシーに止められた。 「坂田氏もスーツに着替えてほしいナリ」 「あ?ったく面倒臭ぇな……」 言いながらも引き返したのは依頼の後を考えてのこと。現在の中身は鬱陶しいけれどいずれ「本人」に戻るはず。脱がしがいのあるカッチリした服。どう料理してくれようかと思いを巡らし、締まりのない表情を宿す銀時であった。
* * * * *
依頼内容は同人誌即売会の売り子。トッシーの画力に買い手が付くとは思えないが依頼は依頼。それに、外見だけなら恋人のそれ。互いに変装をしてのお忍びデートと考えれば悪い気はしなかった。 しかし、周囲が女性ばかりというのは些か落ち着かない。 「おい、何で女ばっかなんだ?」 パイプイスに腰掛けトッシーの耳元へ口を寄せれば、周りの女性達が俄かにざわめく。 「ここは女性向けサークルのスペースだからナリ」 「は?」 「流石の拙者もここに男一人では心許ないでござる」 それゆえ銀時に来てもらったのだとトッシーも囁き、益々二人に視線が集まってきた。 「お前の絵は女にも男にも受けねェよ……ん?」 言いながら平積みした本をペラペラ捲ると見えたのは文字のみ。 「漫画じゃねェのか」 「自分の裸を描くのは抵抗があるからして」 「はだかァ?」 「確かにこの体は十四郎のものだけど、拙者の器でもあるわけで……」 「何でそこに土方くんが出て来んだ?」 「この本は十四郎を主役にしたBL小説ナリ」 「はあぁぁぁ!?」 漸く「女性向け」を理解した銀時は驚愕に叫ぶ。涼しい顔で近隣の迷惑だからと窘めるトッシーの胸倉を掴み、それでも声を潜めて抗議開始。 「BLで土方が主役で裸っつーことはアレか!?土方が男とイチャイチャ……つーか表紙にR18って書いてるじゃねーかァァァ!」 「お相手は坂田氏でござるよ」 「ああ良かった、なんて言うか!こんなもん発表された日にゃ、土方が表歩けなくなるだろーが!」 その上「犯罪」の片棒を担がされた銀時との別れの危機でもある。出版差し止めを断固要求した。 「大丈夫。誰も本物を見て書いたなんて思わないし、ここにいる女子は皆、真選組でBL創作している人達ナリ」 「……は?」 改めて辺りを見回してみれば、隊服姿のイラストポスターがそこかしこに掲示されている。隣の出版物の表紙に目をやると、土方らしき黒髪の隊士が銀時らしき服装の男に肩を抱かれ頬を染めていた。 「……俺は真選組じゃないけど?」 「二人の関係は多くの人が知っているでござる」 鬼の副長が男と逢瀬を繰り返せばネット回線を通じてすぐに広まるという。しかし雑多な話題が飛び交う電脳空間。実害がないからと土方は黙認しているとか。 トッシーから手を離し、銀時は頭を抱えてしまう。 「だから髪型まで変えてやがるのか」 本人作だと思われてはいくら何でも土方に迷惑が掛かる。銀時も慌てて手櫛で横分けにしてみた。 「拙者としても本を作るつもりはなかったのだけれど……」 トッシーの話によると、なかなか「外」に出られないストレス発散のため、ちょっとした悪戯心も手伝って、銀時と土方が下らないことで喧嘩する様子を創作物としてネット上に公開した。そのリアリティ溢れる物語は忽ちファンの間で評判になり、気をよくしたトッシーは見聞きしたことに演出を加えた銀土小説を執筆していくことになったのだ。 「今回は熱い要望にお応えした形ナリ」 「因みに土方くんはこのこと……」 「知ってたら体を貸してくれないでござる」 「あのなァ」 「もしかしてトッシーさんですか?」 「はい」 事態を把握できた銀時がトッシーを止めるべきか逡巡している間に女性客が来てしまう。ここで下手な行動を起こせば本人だとバレかねない――黙って座っているしかなかった。 諸悪の根源はというと、「いつもサイト見てます」だの「男性は珍しいですね」だの「イケメンBL作家」だのとちやほやされてヘラヘラ笑っている。土方ならそんな顔はしない。女性に囲まれたところで鬱陶しがるだけ。土方なら―― 「すいません……」 「ああ、はいはい」 恋人と隣の男との違いを並べて溜息を吐く銀時の前にも購入希望者。「商品」は一種類しかないのだ。銀時はA5サイズのそれを一冊手に取った。 「おい、これいくら?」 「三〇〇円ナリ」 「だ、そうです」 「はい」 「どうもー」 対応を終え、手持無沙汰になれば自然と横に目が行ってしまう。 何やらコソコソ話していて不愉快極まりない。違うのに、己の恋人ではないのに腹が立つのを抑えられない。 「違うでござる。彼はただの友達ナリ」 「えー……そうなんですかァ?」 「いや、ただの知り合いです」 巻き込まれて突き放したにも関わらず、スーツ同士で仲良さそうなどとはしゃがれる始末。 「これは新刊のリーマンパロに合わせただけで、坂田氏にはちゃんと恋人が……」 「坂田?もしかして本物の万事屋銀ちゃんですか!?」 「いやっ……」 余計なことを言ってくれたなとトッシーを睨むも、焦るばかりで言い訳も出てこない様子。ここは自ら切り抜けるしかない。 「坂田っつーのはペンネームみたいなもんで……まあ、銀さんのことはリスペクトしてますよ。カッコイイからね、彼」 「そうですか」 納得してくれたようで、本を抱え頭を下げた彼女に胸を撫で下ろす。 その後も、忙しいという程ではないものの暇な時間も余りない程度に時間は過ぎていった。
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「お疲れ様でござる」 イベントを終え、二人は万事屋へ戻って来た。 「……ああ。すげぇ疲れた」 肉体疲労よりも精神疲労の方が激しかった。身分がバレやしないかと冷や冷やしながら、女性達の好奇の目に晒されて。 依頼料は断わった。イベントの合間に弁当をもらっただけで充分。どうせ回り回って土方の金。恋人から金を取るわけにはいかないと初めから決めていたのだ。 「ではせめて、今日の新刊を差し上げるナリ」 「それより早く土方くんに交代してくんない?」 今は恋人に会うことが何よりの癒し。献本を扇子の如くパタパタ振って、帰還の時を待った。 長イスに座り、トッシーは息を吐いて目を閉じる。そして、 「…………」 「会いたかったよ土方くーん!」 ゆっくりと目を開けた男に銀時は飛び付いた。己に乗り上げた男の背に腕を回し、土方は言う。 「アイツに一日付き合ってくれてありがとな」 「土方くんの中にいるヤツだから特別にね」 「今日は何のイベントだったんだ?珍しい格好しやがって」 「えー……あー……」 トッシーに体を譲っている間、土方の精神は眠っているのだという。起きて「外」の状況を把握することも可能であるが、日頃の激務から解放された時くらいは休みたいのだとか。 「よく分かんねェけど、本を売ったり買ったりとか……」 「そういや小説を書いてると言ってたな。お、それか?」 銀時越しでも目敏く見付けた薄い本。銀時を押し退け手にしてしまう。 「そ、そんなのよりイチャイチャしようよ!」 「まあ待てよ。アイツがどんなもんを書くのか興味があるじゃねーか」 小説には少しうるさいぞ、などと寧ろ楽しみに読む体勢に入る土方。これ以上止めたら間違いなく共犯にされてしまうと、銀時は夕飯準備を口実に台所へ避難するのだった。
十分後。 「おい!何だこれ!」 ドスドスと足音響かせ、右手で同人誌を握り潰して台所に乗り込んできた土方。 「え?ど、どーしたの?」 「何で俺達が出て来んだよ!」 「そ、そうなの?真選組捕物貼みたいなもん?」 「違ぇ!俺もお前も会社員って設定で……ハッ、だからスーツ着てんのか!」 「おっ俺はただトッシーに言われるまま訳も分からず……」 「……いや、知ってたな?」 「すいまっせーんんんん!!」 ごまかしきれぬと悟った銀時は洞爺湖仙人直伝のDOGEZAを繰り出した。その後頭部を踏み付けられて、弁明を加速させる。 「途中までは本当に何も知らなくて、知った時にはもう客が来てて、下手に騒いで本人とバレるのもまずいなと思って、だから、だから……」 「トッシーがネットで俺の悪評散蒔いてんのは知っていたが、テメーもその口か?」 「違う!」 そもそもトッシーだって悪乗りの範疇なのだが、今は自分の正当性を訴えるので精一杯。足を外してもらえたから、何度も「必殺技」を繰り返した。 「俺は無関係だ!信じてくれ!」 「ならテメーはこの本に書いてあるようなこと、ヤりてぇなんて思ってねーよな?」 「な、何のこと?」 「俺の手をネクタイで拘束した挙げ句、机に押さえ付けて後ろから犯す、とか」 「え、それはちょっと楽しそー……ではありません!」 ぎろりと睨まれまた頭を下げる銀時は知るよしもない。 「入れさせていただくだけで満足です!寧ろ、俺を縛っても構いません!!」 自らドSと称しながらも土方の尻に敷かれている現状を、トッシーから不憫に思われていることを。土方に抑圧されている者同士として親しみを持たれていることを。それゆえ銀時の願望を想像する体で小説を書いているということを。 何も知らない銀時は、今宵も懇願に懇願を重ねて土方を抱かせてもらうのだった。
(15.04.30)
逆CPではトッシー話を幾つか書いているのですが、銀土では書いてなかったなと思いまして。この後の「おまけ」は銀土スーツエロ……ではなく、 トッシー先生の新刊の模様をお届けしたいと思いますw 18歳以上の方はアップまでお待ちいただけると嬉しいです。
追記:続きはこちら→★ |