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受け身な攻めと貪欲な受け
「俺、土方くんのこと、好きなんだよねぇ……」 「万事屋……」
膨れ上がれる思いを抑え切れずに酔いに任せて漏れ出た本音。
「おっ俺も、お前のことが……」
思いがけず受け入れられて交際開始。そこからバラ色の未来に向け、手に手を取って一直線と思いきや、現実はそう甘くはなかった。 俺もお前のことが好――ここで土方の携帯電話がけたたましく鳴ったのだ。
「悪ィ!緊急事態だ」 「頑張ってねーお巡りさん」
通話しながら駆けていく鬼副長の背中を見送る銀時は、物騒な事件が起きたらしいというのに幸せを噛み締めていた。相手が相手だからと、半ば諦めていた気持ちが成就しただけで儲け物。上機嫌で二軒目の飲み屋へ向かうのだった。
* * * * *
翌日、前夜の一人祝い酒が仄かに残る浮ついた足取りで、銀時はかぶき町をぶらついていた。道の端に積もった枯れ葉がかさかさと音を立てて冷たい風に舞い、行き交う人々が自ずと早足になる季節。けれど彼の内には一足先に春が来ていた。
「ふんふふ〜ん♪」
しかも通りの向こうに黒服の二人組を見付けたものだから、鼻歌だって出てしまうというもの。遠目でも見紛うはずがない愛しの君。共にいるのは平隊士のようだが誰だか判別不能。 駆け出したいのをぐっと堪え、銀時は素知らぬふりで黒の方へ足を運んだ。
「よう」 「あ、旦那。どうも」
もう一人は山崎であった。きっと部下には秘密の関係に違いない。土方の立場を慮り、万事屋の仲間に も一切伝えてはいなかった。 知り合いを見掛けたから挨拶しただけなんだからね勘違いしないでよ――心の中まで装って、緩む口元 を一文字に固定したというのに、
「昨日はすまなかったな」 「え……」
当の土方から台無しにするような台詞。たまさえ絡まなければ中々に鋭い山崎は早速、旦那と何かあっ たのかと問うていた。 そんな迂闊なところも非常に可愛い恋人のため、銀時は一肌脱ぐことにする。
「昨日、俺が飲んでた店に偶然土方くんがやって来て――」 「コイツと付き合うことになった」 「えっ!」 「えっ!」
しかし脱ぐ必要はなかった。隠すつもりなど毛ほどもない土方は事実をさらりと言ってのけたのだ。 あまりに堂々とした交際宣言に、当事者であるはずの銀時も山崎と同じく目を丸くしていた。 それには土方が怪訝そうに。
「何テメーまで驚いてんだ?」 「あ、いや、だって……」 「酔って忘れたとか言わねェよな?」 「おおお覚えてるよ!ただ、その……皆には、内緒なのかなァと……」 「あ……」
一瞬、しまったという表情をした土方。視線を寄越された部下は「何も聞いてません」と今更ながら耳を塞いだ。
「そこまで考えてなかった。浮かれ過ぎだな……すまん」
謝罪の上に、コイツなら秘密は守れるから勘弁してくれと謝罪を重ねる土方。どうやら銀時が秘密にしたいと思った様子。
「信頼できるヤツになら公表しても構わねェよ。俺も新八とか神楽とかには言うつもりだし」 「その二人も知らなかったのか。悪ィな」 「いやいや本当にこれからすぐ話す予定だから!幸せは皆で分かち合わねェと!な?」 「フッ……テメーは分かち合うヤツも多そうだ」 「お、おうよ……」
このムズムズとこそばゆい感じは何だ。心臓はきゅんきゅんと聞いたこともない鼓動を立てている――初めての感覚に銀時は戸惑っていた。 思えばこうして土方と和やかに接したことなど皆無。ならば当然のこと、こんな土方の態度も初体験。愛情に裏打ちされた気遣いと羨望と慈しみと……これら全てが注がれる幸福に思わず身震いしてしまう。
「あのー、副長……」
するとここで、図らずも恋人同士の語らいの場にその身を置く羽目になった哀れな男から、そろそろ仕事にと恐縮しつつも言葉が発せられた。 真っ先に反応したのは銀時。
「引き止めてごめん」 「ちょっと待て」
去ろうとするのを土方が引き止めた。土方は胸ポケットから手帳を取り出すと、さっとペンを走らせて、その頁を破き銀時へ手渡す。 そこには〇から始まる十一桁の数字が書かれていた。
「これ……」 「テメーのも教えてくれるか?」
紙から顔を上げれば土方の手には黒い携帯電話が握られている。
「もっ勿論!えっと〇三の――」 「ケータイはねェのか?」
話しながらも土方の指は、銀時の自宅の電話番号を自身の電話帳に入力している。
「少し使ってみたことはあるんだけど、どうにも馴染めなくてね」 「機械(からくり)にゃ振り回されねェってか?テメーらしいな」 「そんな大層なもんじゃ……金がないってのが一番の理由だし……」 「ハハッ……従業員二人にデカイ犬の生活もかかってるからな」 「まあ、ね」 「じゃあなるべくこっちから連絡入れる」 「あ、ありがとう。あの……お仕事頑張って」 「ああ」
仕事へ赴く男の背中に手を振りながら、銀時はほうっと息を吐くのだった。
* * * * *
周囲だけでなく一部当事者をも驚愕させた交際宣言から一ヶ月。互い違いに仕事の忙しくなる二人は、未だ初デートもままならずにいた。 土方が僅かな時間を見付けて万事屋へ電話を掛ければ、銀時も合間を縫って出先の公衆電話から土方へ連絡をする。そんな初々しくも健全なお付き合いに、銀時は一定の満足感を得ていた。 声が聞けるだけで充分だなんて、いくつのガキかと自嘲してみても、心がほっこり満たされてしまうのだから仕方ない。今や完璧に暗記できた十一桁の数字を思い浮かべるだけで胸が高鳴る銀時であった。
しかし、土方は不満だった。
自分達が恋人同士となれたこと自体、奇跡だとは思う。けれど実際に付き合えたのだ。ならばあれこれ と欲が出てくるというもの。
「今日こそ……」
時刻は間もなく夜の十時。最後の書類を終えた土方は、右手の筆を置くと同時に左手で携帯電話の操作を始めた。呼び出すのは恋人の自宅の番号。同居人の少女は女子会だか何かで不在だと、数日前の電話で聞いていた。
「…………チッ」
十コール鳴らしても応答がなく、舌打ちとともに電話を切ってジャケットを脱ぎ捨てた。 遠出の依頼が入ったとは聞いていない。となれば何処かにふらりと飲みに行ったに違いない。
「よしっ」
かぶき町周辺の飲み屋にいるであろう恋人を探し出してそれから――着物の帯を固く結んで気合いを入 れて、土方は勢いよく襖を開けた。
「副長、どちらへ?」 「かぶき町」
途中で出会した鉄之助へは端的に答えて草履を履く。
「万事屋さんですか?」 「…………」
この程度で前屈みな小姓へ一瞥くれて、携帯電話は繋がるようにしておくと言い置き、屯所から駆け出す土方であった。
* * * * *
「いらっしゃ――」 「親父……ハァ、万事屋は来てるか?」 「ああいるよ」
土方が目的地の焼鳥屋を探し当てたのは、夜の十一時を過ぎた頃、二十軒近くの店を渡り歩いた後であった。顔馴染みの店主は当然のように二人の関係を知っていて、ケンカでもしたのかい?と心配そうに、息の乱れる土方をカウンターへ座らせて水を出してやる。
「いや……ちょっと用があって探してただけだ」 「そうかい。銀さん今ちょうど厠に行って……ああ戻って来た。おーい銀さーん!」 「え……土方くん?」 「よう」 「どうしてここが?」
うろたえつつも嬉しそうにその隣へ腰を下ろせば、店員が銀時の元いた席から食べかけの品々を移動さ せてくれた。 イチゴ牛乳割りらしき薄桃色の酒も、肴もまだ半分以上残っている。この状態で席を立つのは忍びなく思われて、土方も水割りを注文した。
「電話しても出ねェから、この辺の飲み屋片っ端から当たってた」 「マジでか……えっ、俺、何かやらかした?」 「違ェよ。予定より仕事が早く終わったんで会えねェかと思っただけだ」 「俺に、会いに……?」 「……何か文句あっか?」 「ありませんっ!」
みるみる頬を染めてイチゴ牛乳割りを呷る銀時にふっと笑みを零し、土方も水割りを一口。
「ツマミは何にする?今夜は俺が奢るよ」
身入りのいい依頼があったのだと胸を叩く銀時の膝へ、そんなことより……と土方は左手を添えた。予想だにせぬ身体接触で銀時の背がぴしりと伸びた。
「あああああの……」 「お前の家、誰もいねェんだろ?」
土方の囁きは炭火の音に邪魔されて、銀時以外には届かない。銀時の顔は一気に赤くなった。 まるで子どもの恋愛のように、話すだけで、会うだけで満ち足りていた銀時であるが、土方の台詞の意図が汲み取れぬほど未熟ではない。 確かに俺達いい大人だし、付き合ってもう一ヶ月も経つし――
「親父、勘定」 「はいよ」
急いで残りの酒とツマミを平らげて立ち上がる。予告通りに土方の分も纏めて支払い、暖簾をくぐる銀時は、左手と左足、右手と右足を出すという、何ともぎこちない歩みをしていた。
(15.01.04)
テーマは男前受けで○○受け(詳細は後編の後書きで)。続きは18禁となる予定です。
追記:前中後編になりました。続きはこちら(注意書きに飛びます)→★ |