後編
(マズイ……。早くしねェと……)
数日後。非番を明日に控えた土方は、いつものように仕事を終えて万事屋へとやって来たものの、
玄関前で呼び鈴を押せずにいた。
懐から携帯電話を取り出し時刻を確認すると、既に約束の時刻を三十分以上過ぎている。
「約束」といっても残業の多い土方の場合、凡そこの時刻なら会えるという目安でしかない。
だから銀時も、三十分くらいの遅刻は遅刻とも思っていないだろう。
けれど今日はほぼ約束通りの時刻に来られたのだ。それなのに呼び鈴が押せず銀時を待たせて
しまっている。早く押して来訪を告げなければと思う一方で、手が上がらない。
万事屋へ来ること自体は二年以上の交際で大分慣れた。普段であれば玄関前に立ち、深呼吸一つ
すれば呼び鈴を押せる。……深呼吸しなければ押せないのかというツッコミは勘弁願いたい。
今日の問題はそこではないのだから。
今日は深呼吸しても押せなかった。原因は先日購入した布団。土方もそれは分かっている。
分かっていても、その布団で寝なければならないという重圧に押し潰されそうで動けないのだ。
布団がまだ届いていなければいいと、無駄だと思いつつ祈らずにはいられなかった。
「何してるアル?」
「あ……」
「土方さんいらっしゃい。銀さーん、土方さん来ましたよー!」
気持ちの整理がつく前に、土方は子ども達に出迎えられてしまった。新八に呼ばれて来た銀時にも
出迎えられ、土方はおずおずと中へ入る。
「お、お邪魔します。」
「い、いらっしゃい。」
「私達はもう行くアル。」
「ゆっくりしていって下さいね。」
「あ、ああ……」
「今日から新しいお布団アルヨ。」
「っ!!」
やはり、土方の祈りは届かなかった。それだけでなく、
「僕と神楽ちゃんで敷いておきましたから。」
使うことも確定してしまった。
「それじゃあ銀ちゃん、トッシー、おやすみアル。」
「銀さん、土方さん、おやすみなさい。」
「…………」
「…………」
おやすみなさい……早くあの布団に入れと言われているようで、二人の緊張感が一際高まった。
「えっと……ど、どうぞ……」
「あ、ああ……」
いつものように差し出された銀時の手をいつもよりぎこちない仕種でとって土方は玄関を上がった。
手を繋いで事務所まで入ったはいいが、二人ともローテブルの前で立ち尽くしてしまった。
「しっ仕事、お疲れ様……」
「遅くなって、すまない。」
「そんな……。来てくれて、嬉しい、から……」
「おっ俺も、坂田に会えて、嬉しい……」
「…………」
「…………」
照れながらの挨拶を終えると会話が途切れた。銀時は次の行動を考える。
今夜は其々で夕飯を済ませているし、銀時に至っては入浴も終えた。となれば、まずは土方に入浴を
勧めるのが妥当であろうが、それをしたら後は寝るだけになってしまう。ダブルの布団で……
その前に何か気が紛れるようなことはできないか……
お茶を出すでもテレビをつけるでもいいのだが、極度の緊張状態では逆にそのことしか考えられず、
「土方……風呂、入った?」
寝る準備へまっしぐらとなる台詞を繰り出してしまった。しかも……
「ああ。」
「えっ!」
肯定の返事が来てしまったからさぁ大変。土方の入浴中に気を落ち着かせておこうという
銀時の目論みは脆くも崩れ去った。
しかし、この事態に困惑しているのは土方も同じであった。よく考えず正直に答えてしまったが、
ここで否定しておけば入浴を勧められ、寝るまでの時間稼ぎになったのに。
銀時は寝巻き姿でどう見ても入浴済みで時刻はもう、普段の二人なら寝床へ入っている時……
もう寝るしかないのか……
二人は繋いでいない方の手でぎゅっと拳を握った。
「い、行こうか。」
「お、う。」
ここは自分の家だからと銀時が辛うじて主導権を発揮し、隣の部屋へ続く襖の前までやって来る。
「あっ開けるよ?」
「お、う。」
「っ……」
「い、一緒に開けよう。」
襖に右手を掛けて止まった銀時を助けなければと土方は左手を襖に掛けた。
「じゃあ、いくよ?」
「おう。」
「……せーのっ!」
内側の手を確りと握り、二人は思い切って襖を開けた。
「「っ!」」
一気に広がる視界。銀時は右手を土方は左手を上げたまま足を竦ませた。
二人の眼前には、ほぼ正方形の布団に枕が二つ。
人のいないその部屋は当然明かりも灯っておらず、事務所の光が二人の背後から室内を照らし、
布団の上へ二つの影を落としていた。
布団の上で手を繋ぐ二人の影……自分達がしようとしていることを見せ付けられたようで
改めて二人は事の重大さに息を飲んだ。
この布団に、入る。
この布団に、二人で、入る。
この布団に、二人で、手を繋いで、入る。
この布団に、二人で、手を繋いで、朝まで、入る。
途方もない道のりに思えた。
今まで使っていた布団を敷いて別々に寝た方がいいのではないかとも思った。
けれどこれは二人が共同で購入したもの。それを一人で使わせるのも、また、どちらも使わない
のも相手に悪い気がした。
寝るしかない。
本日二度目の決意を改めてして、二人は布団への第一歩を踏み出した。
手を繋いだ状態で、まずは外側の足と外側の腕を、次に内側の足と繋いだ手を出し、
何ともぎくしゃくした二人三脚もどきが始まった。
そんな歩みでも大して広くない部屋ではあっという間に布団へ辿り着く。
極度の緊張に二人の喉はカラカラに乾いていて、飲み込む唾も分泌されない程であった。
二人はきゅっと手を強く握って合図をし、布団のすぐ脇にしゃがみ込んで掛け布団を掴む。
そして、勢い付けて捲り上げた。
「「ぎゃああああ〜!!」」
掛け布団の下から出てきたのは、いつぞや撮影された二人の口付け写真(ポスターサイズ)。
当時は飽きるほど見せられてすっかり慣れた写真であったが、状況が異なればまた「刺激物」となる。
二人は脱兎のごとく引き返し、事務所のソファの陰へと身を隠した。
「ななななんであれが……」
「新八と神楽のヤツ!!」
土方と一つの布団で寝ることを想像しただけで落ち着かない銀時に寝床の準備など不可能で、
新八と神楽が作業中も銀時は和室を視界に入れないようにしていたのだった。
「あ、アイツらがやったのか?」
「おおお俺がやるわけないだろ。」
「す、すまん。そういう意味では……」
銀時を傷付けてしまったと思った土方はすっくと立ち上がった。
「かっ片付けてくる。」
「え!」
土方はずんずんと和室へ向かって行く。その背中に銀時の熱い視線を受けながら。
手は震え、腰は引ける。それでも銀時の役に立ちたい一心で写真を小さく折り畳んでいった。
「もう、大丈夫だぞ。」
小さくなった写真を部屋の隅に置いて、土方は銀時を呼んだ。
「あ、ありがとう……」
「いや……。あの、さっきは、すまなかった……お前を、疑うようなことを言って……」
「え?」
「本心じゃないんだ。その……急にあれを見て、気が動転してしまって……」
「あ……」
何を謝られているのか、銀時は漸く気付く。
「別に気にしてないよ。土方は、そんなことする人じゃないって、分かってるから。」
「おっ俺も、ちゃんと、坂田のこと信じてるからな!」
「うん。ありがと。」
「俺の方こそ……」
無条件に相手を信用する二人は誰が見ても深い愛情で結ばれた恋人同士……ただ一つ、互いの
足しか見えない程に俯いていることを除けば。
「じゃあ、寝ようか。」
「そうだな。」
土方が先に布団へ入り、部屋の明かりを消してから銀時もその隣に入った。
二人は布団の中で手を繋ぎ、顔を僅かに外側へ向ける。
「こっこの前の、ホテルよりは、広いよな……」
「そっそうだね。この前はもっと、狭かったよな……」
思ったほど近付かない距離に二人は安堵していた。これなら今後も使えるかもしれないと。
「坂田……ちゃんと布団、掛ってるか?」
「大丈夫だよ。……土方は?」
「大丈夫だ。」
優しい銀時が気を遣って寒い思いをしていたら大変だと、土方は自分の片腕が出るくらい
掛け布団を銀時側へ押しやった。
同じ頃、全く同じことを考えていた銀時も土方側へ押し、掛け布団の中央は大きく皺が寄った。
* * * * *
一時間後。
(やっぱり掛けてない……)
土方がそっと視線を銀時の方へ向けると、右腕が完全に布団からはみ出ている状態であった。
自分も同じ状態であるのを棚上げして、土方は銀時が寒くないように布団を掛け直そうと
静かに上体を起こした。
「土方……?」
「わ、悪ィ。起しちまった……」
「まだ、寝てなかったから平気。……厠?」
「いや……。坂田に布団が、ちゃんと掛っていなかったから……」
「優しいね……。俺は大丈夫だから、土方がちゃんと掛けて。」
「そっそれはダメだ。」
「土方が風邪ひいたら、真選組が困るだろ。」
「坂田だって、万事屋の社長だろ。」
「じゃあ……二人とも、ちゃんと掛けるようにする?」
「そうだな……。もう少し、近付いて寝れば……」
土方は今までより銀時との距離を詰めて仰向けになった。
内側の腕を少し上げて体側を触れ合わせ、その上で確りと手を繋いだ。
「ちゃんと、掛ってるか?」
「うん。……土方は?」
「掛ってる。」
「本当に?遠慮してない?」
「してないぞ。」
「……ねえ、そっちの手もこっちにやってみて。」
「こうか?」
銀時の空いている手が土方の腕を軽く叩く。
土方は外側の手でそれを握った。
「ちゃんと、布団の中だね。」
「坂田も、な。」
「うん。」
「……おやすみ。」
「おやすみ。」
仰向けのまま両手を繋ぐ……決して楽な体勢ではなかったが、二人の寝顔はとても幸せそうで、
それを見たら「布団に入るだけで尺を使い過ぎだ」という苦情も言う気にならないに違いない。
……なりませんよね?
何はともあれ二人はまた一歩……の一万分の一くらい、大人の関係に近付いた。
(12.01.08)
誰が何と言おうと近付いたんです!二人はまた成長したんです!布団の中で両手を繋げたということは、抱き合って寝る体勢に向かってるってことですよ。
今はまだ手だけですが、そのうち体も相手の方を向けるようになりますよ!一回に一度ずつ角度を変えていけば、九十回目で向き合える計算です(笑)。
九十回……週二回会っても一年近くかかる計算ですね。……それが妥当だと思ってしまう辺りがこの二人の困ったところです^^; 一度ずつ、は全くの
冗談ですが、この二人は今年一年も大して進展しないのではないかと思えてなりません。私自身、純情な二人のエロシーンが想像できません。
今回はキスすらしなかったし……。因みにこの布団は、二人が普通に並んで寝ても充分なサイズの設定です。別にくっ付く必要はないです(笑)。
相変わらずの二人ですが、今年もよろしくしていただけると嬉しいです。ここまでお読みくださりありがとうございました。
追記:続きをアップしました。→★
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