中編
病院まで駆けて行った鉄之助は、息も絶え絶えになって土方の病室まで辿り着いた。
「ふっ副長……こ、れを……」
「鉄?」
ベッドの脇にへたり込みつつ差し出された紙を、土方は何事かと受け取る。
そしてそれを開いた瞬間、片眉をひくりとさせて鉄之助の方を向いた。
「おい鉄……息切らしてやって来て嫌がらせたァいい度胸だな。」
「えぇぇっ!?自分、そんなつもりじゃ……」
「なら何のつもりだコラ。ご丁寧に印まで押しやがって……コピーってことは原本は屯所か?」
「は、はいっ!局長が大切に保管してくれているっス。」
「近藤さんが!?」
どうせ沖田あたりが余計なことを吹き込んだのだろうとは予想していたが、まさか近藤もこの件に
関わっていたとは……。土方は忌々しげに婚姻届のコピーを睨み付ける。
「万事屋の欄を書いたのは近藤さんか……。俺の方は総悟だな?」
「さすがです副長!その通りっス。」
「……で?何でこんなモン偽造しやがった?」
「偽造じゃないっス。これは旦那さんの……」
「旦那?」
「あっ、旦那さんじゃなかったんだ……。えっと、奥さん?いや、奥さんも違うって確か……
あー、何とお呼びしたら……!」
「おい、まさかそれは万事屋のことか?」
「そうっス。副長の愛する坂田さんのことっス。」
「……いいか、鉄。なに吹き込まれたか知らねェが、俺と万事屋は……」
「これは坂田さんが、副長への永遠の愛を誓った証拠なんです。」
「なに?」
溜め息を吐きながらも勘違いを正そうとした土方は、永遠の愛だなどと言われて一瞬、思考が
停止してしまう。
「万事屋が……誓った?」
「はい。皆の前で、副長を一生愛し続けると言ったっス。自分も確かにこの耳で聞いたっス。」
「じ、冗談だろ……。」
土方の声は震え、動揺が隠しきれていない。
「もっもし本当なら、アイツが自分で署名するはずじゃねーか。」
「それは手錠があって仕方なく局長が代筆を……」
「手錠?あっ……」
ここで土方は、銀時の手に嵌めた手錠の鍵を自分が持って来てしまったことに気付く。
「鉄、そこの上着を取ってくれ。」
「はい。」
淡い色の入院着を着ていた土方は、鉄之助から制服の上着を受け取り内ポケットを漁る。
そこから手錠の鍵を取り出して鉄之助へ向けて放り投げた。
「それ、持ってってくれ。……こんなもん書いたってことは、釈放すんだろ?」
「あ、はい。」
婚姻届のコピーをヒラヒラと振る土方。その表情は妙に楽しげで、急いで届けた甲斐があったと
鉄之助まで嬉しくなった。
「愛する方が無実で良かったですね。」
「別に……」
「副長、ツンデレですか?そうやって坂田さんの男心をガッチリ掴んでるんですね。流石です!」
「シバかれてェのかテメー!」
「あっ、無駄話してないで早く鍵を持って帰らないとですよね!副長の愛する方のために。」
「そういうことじゃねェ!」
「では、行って参ります!」
「おい!鉄!」
鉄之助は大事そうに手錠の鍵を懐へしまい、来た時同様、駆け足で病室を出て行った。
「ったく……」
退院したらみっちりしごいてやる……そんなことを思いながら土方はベッドへごろりと横になる。
そして右手で持っていたコピー用紙を広げてフッと表情を緩ませた。
爽やかな秋の風が病室のカーテンをはたはたと揺らしていた。
* * * * *
「ハァ、ハァッ……か、鍵で、す……」
病院まで走って往復した鉄之助は這い蹲りながら応接室の襖を開けた。
「オメーまさか走って行ったのか?」
「は、はい……」
「パトカー使えば良かったじゃないか。一応、公務だぞ。」
「で、でも自分……免許、持ってないっスから……」
「そうだったのか。ご苦労だったな。」
「は、はい……」
「婚姻届、土方さんはちゃんと見てたか?」
「はい……とても嬉しそうだったっス!俺、あんなに楽しそうな副長、初めて見たっス!」
「……だ、そうです。良かったですねィ?」
「いいから手錠、外してよ。」
沖田の冷やかしはこれまで通り無視をして、いい加減言うのも飽きてきた台詞をもう一度言う。
それには近藤が応えてくれて、銀時はやっとのことで手錠から解放されたのだった。
「ふ〜……漸く自由の身になれたぜ。」
「もうすぐ夕メシの時間だから、食っていくか?」
「おう。……でもそれくらいでテメーらの罪が許されると思ったら大間違いだからな。
不当逮捕の挙句、長時間拘束しやがって……」
近藤からの申し出にはたっぷりの嫌味を持って応える。
「まあまあ、折角のめでたい日だ……嫌なことは忘れてパーっといこうぜ。」
「そうでさァ。今日はお二人の結婚記念日なんだ。景気良くいきやしょう。」
「はいはい……。俺、着替えてくっからメシできたら呼んで〜。」
二人の相手をするのも面倒になった銀時は、会話を打ち切って応接室を出て行った。
銀時がいなくなった後、近藤はふとその行動の違和感に気付く。
「総悟……一つ聞いていいか?」
「何ですかィ?」
「着替えるってアイツ、万事屋へ戻ったのか?」
「あの面倒臭がりの旦那が、一旦家に帰ってまた来るなんてことするわけないじゃないですか。」
「だよなァ……。じゃあ何処に……?」
「土方さんの部屋でさァ。」
「トシの?」
「たまに旦那が土方さんの部屋に来てんの知ってるでしょう?」
「それは、まあ……」
「だから着替えも置いてあるんでしょ。」
「そ、そうか……」
違和感が解消された近藤は何故か気恥しさを感じていた。
それから銀時は沖田の予想通り土方の部屋でいつものスタイルに着替え、食堂で夕食をとり、
真選組屯所を後にした。
* * * * *
秋の日はつるべ落とし。すっかり暗くなった江戸の町を、銀時はのんびりと歩いていた。
中心街のネオンからは離れ、控え目に明かりの灯った大江戸病院―土方の入院先―へ
迷わず足を踏み入れた。
「面会時間は終わってるぞ。」
「文句なら手錠のカギ持ってったヤツに行って下さーい。」
「チッ……」
病室に現れた銀時に早速悪態を吐く土方と、その元気な様子に安心して悪態を返す銀時。
ベッドの横の丸イスに腰掛けた銀時へ、土方は「お前、バカだろ」と呟くように言った。
「あんな大勢の前で白夜叉なんぞと名乗りやがって……」
「いや〜、何となくノリでね……ハハッ。」
「ったく……これで真選組にも見廻組にも、テメーが白夜叉だと知られちまったじゃねーか。」
「真選組は元々知ってただろ。」
「知ってたのは俺個人であって真選組じゃねーよ。」
「あ〜、まあ、そうなんだけどね……。言っちゃったもんは仕方ねェよ。うん。それよりさ……」
銀時は妖艶な笑みを湛えて体半分ベッドへ乗り上げ、土方に耳元で囁いた。
「新婚初夜なんだしさ……もっと楽しーコトしない?」
「バッ……!」
耳朶に唇が触れ、土方は思わずそちらの耳を塞ぐ。その顔は真っ赤に染まっていた。
「ナニ考えてやがる!ここは病院だぞ!?」
「そっちこそナニ考えてんのさ……。俺はただ、もっと楽しい話題にしようって意味だったんだけど?」
「お、俺だって……そういう意味だ!」
「またまたぁ〜。真っ赤になっちゃって……どーせエロいことでも考えてたんだろ。」
「るせっ!だいたい、『初夜』ってなんだコラ!」
「だってさァこれ……」
枕元に畳んであったコピー用紙を広げ、銀時はニッと歯を見せて笑った。
「今日、結婚しちゃったみたいよ?」
「代筆同士の婚姻届があるかっ。」
「じゃあ今度、新しい紙貰ってきて書く?」
「ンなもん、二枚もいらねーよ。」
「さっきと言ってること違うよ?」
「るせー……」
「土方。」
「あ?」
「これからも……よろしく、ね?」
「こちらこそ。」
やや自信なさげに、顔色を伺うようになされた挨拶にはハッキリと肯定を表わして、
土方は銀時の着流しの衿元を二度、軽く引いた。
それを合図として銀時は、傷に障らぬ範囲で艶やかな黒髪に手を差し入れ、土方の唇に
自分のそれを重ねた。
優しく、慈しむように、そっと……
* * * * *
病院で「初夜」を過ごした翌朝、外へ出た銀時を待ち構えていたのは鉄之助だった。
銀時を見留めると鉄之助はバッと頭を下げる。
「おはようございますっ!」
「よう。……土方の見舞い?」
「いえ。今日は、万事屋さんにお願いがあって来ました。」
「依頼?なら報酬次第だけど、とりあえず話してみて。」
「自分に手紙の書き方を教えてほしいっス!」
「手紙?ああ、そういやそんなこと言われてたな。」
土方から預かった手紙を届けられなかったと悔いる鉄之助へ、土方は「今度は自分で書け」と
言っていた。
「そんなんだったら、真選組の誰かに習えば?」
「皆さん、副長の穴を埋めるので忙しく、とても頼める雰囲気じゃないっス。」
「……オメーは忙しくねェのか?」
「自分は副長の小姓だから、副長の入院中は休めと言われました。きっと今の自分じゃ、
皆さんを手伝うどころか足手まといになってしまうから……」
「お前、土方が仕事の日は仕事なのか?」
「そうです。」
「だったら多分、今のうちに休んどけってことじゃね?……土方は多分、退院したら暫く休みなく
働くからさ。」
「なるほど……。さすが、副長のことをよく分かってらっしゃる!」
「もういいよ、そういうの……。まあ、俺が知ってる範囲でなら教えてやるから、手紙書くか?」
「ありがとうございますっ!」
「ところでさ……」
依頼の話が一段落したところで銀時は、先程から気になっていたことを聞いてみる。
「さっきから何で中腰?」
「お願いしてるんだから当然っス!」
「いやでも、なんか内股だし……もしかして鉄くん、俺と土方がここでナニかしたと思ってる?」
「ちっ違うっス!そんな淫らな想像、してないっス!」
「……俺、怪我人相手に無茶はしねェから。」
「だから違うっスよ!勃ってんじゃないっス!」
「はいはい……じゃ、行こうか。」
歩き出した銀時の後を、鉄之助は「違うっス」と言いながらひょこひょこと歩いて付いて行った。
(11.10.13)
折角の「初夜」なのにチュウしかさせられなくてすみません^^; そして、後編は今書いてる途中なのでもう暫くお待ち下さい。
後編では二人をもっといちゃいちゃさせられるといいな・・・。まずはここまでお読みくださり、ありがとうございました。
追記:後編はこちら→★