喧嘩の合図


青く澄みきった空の下、銀時・新八・神楽・定春の万事屋一行は、かぶき町を歩いていた。
近所のスーパーで食料品の大安売りをしているという情報を得て、万事屋総出で買い物へ行く
ところであった。
頬を撫でる風が心地よく、三人と一匹の表情にも自然と笑みが零れる。

そんな爽やかな空気を一変させる黒い人影を遠くに見付け、神楽は顔を顰めた。
定春の背中から降り、中指を立てて手を握り、こちらへ向かって来る人影へ敵意を剥き出しにする。
神楽の行動で残りの二人も黒い二人組に気付き、ほとんど同時に溜め息を吐いた。
銀時は至極面倒臭そうに、新八はこれから起こることを予見した心労で。

向こうからやって来たのは制服姿の土方と沖田。
沖田は親指を下に向けて手を握り、無言で神楽の中指に対抗していた。
そして隣を歩く土方が止めるのも聞かず、一直線に神楽のいる方へと向かっていく。
丁度その頃、神楽も睨みを効かせながら沖田へ向かって大股で進んでいた。


互いの正面まで進み出た二人は、道を譲れだなんだと牽制し合う。
沖田はポケットに両手を突っ込んでやや背を屈め、神楽は腰に手を当てて鼻息荒く睨み上げる。
神楽の背後では定春も飼い主と同調して唸り声を上げ、沖田を睨んでいた。

慌てて新八が二人の元へ駆け寄り、平和的に話し合いで解決しようと試みるものの、
そもそもハッキリとした理由もなくぶつかっている二人である。話し合うことなど何もない。

それでも新八が何とかしようと二人の間へ割って入った瞬間、取っ組み合いの喧嘩が始まった。
沖田と神楽は砂煙に包まれ、定春は神楽を応援するかのようにわんわんと砂煙に向かって吠える。
常識外れな力を持つ二人の喧嘩からあっという間に弾き出された新八は、道行く人の視線を感じ、
事態を収拾させるため、もう一人の常識人・土方の力を借りることにした。

しかし土方はいつものことと諦めているのか、我関せずといった体で懐から携帯電話を取り出し
開いてはすぐに閉じてまた懐へしまい、紫煙を燻らせていた。
そして新八が助けを求めるよりも早く、銀時が土方の肩を叩き川向にある茶屋を指差した。
安売りに間に合わなくなった責任を取らせようというのか……
土方は眉間の皺をいっそう深くして煙草の煙を銀時向かって吐き出し、銀時は大袈裟に咽る。

そして、もう一組の喧嘩が始まった。


こうなってしまえば誰にも止められない。
新八は当初の目的を果たそうと、一人、安売りスーパーへ向かうことを決めた。



*  *  *  *  *



その夜、銀時は飲みに行くと言って万事屋を出た。
町中に知り合いがいる銀時は、特に誰とも約束をせずふらりと飲みに出ることが多く、
新八も神楽も、何処で誰と飲むのかなどということはわざわざ聞かなかった。



銀時は川縁にあるおでんの屋台へ近付いていく。
暖簾の奥に黒い着流しを発見し、銀時の口角が上がった。

銀時がそのすぐ隣に腰を下ろすと、既に用意されていた猪口へ着流しの男―土方―が酒を注ぐ。
そのまま大した会話もせず、しかし昼間のように喧嘩にもならず二人で酒を酌み交わし、
二人揃って席を立つ。


屋台を出た二人は煌びやかなネオンの光る町へと歩みを進め、そして一軒の宿の中へ。


二人は密かに交際をしていた。


子どもの教育上よくないから、敵の多い仕事だからと尤もらしい理由はそれぞれにあるが、
実のところはただ単に恥ずかしいから。
いい年した大人同士、会えば喧嘩になっていたのは惚れた相手の気を引くためだったなんて、
口が裂けても言えやしない。だから二人は、晴れて恋人同士となった今でも知り合いの前では
喧嘩友達を装っていた。


そんな二人には、秘密の合図があった。


土方が携帯電話を一度開いたら「今夜」。茶屋は「屋台」。煙を吹きかけたら「二十二時」。
こうして誰にも気付かれることなく、いつもいつも喧嘩をしながらデートの約束を取り付けていた。



*  *  *  *  *



別の日。この日は銀時と新八が、公園へ遊びに行っている神楽を迎えに行くところで
制服姿の土方と山崎に出くわした。

山崎と新八がにこやかに挨拶を交わす傍ら、土方は舌打ち一つして短くなった煙草を投げ捨てる。
煙草を踏んで火を消した土方の靴を銀時が踏み付け、今日の喧嘩が始まった。
往来で遠慮なく抜刀する土方に、木刀で応戦する銀時。



さて、次のデートはいつ、どこで?


(11.09.02)


いつもと違う感じの文章に挑戦してみました。サイレント漫画って言うんですかね、絵だけで台詞がない漫画。アレが好きなんですよ。全編サイレントでなくても、

話の一部がサイレントとか……。最近だと、「さるお方」の回にありましたよね。あの雰囲気を小説で表現できないかと考えた末、会話文なしの小説ができあがりました。

内容はこっそり付き合ってる二人の話です。恥ずかしくて秘密にしている二人は、バレた時にもっと恥ずかしい思いをすることに気付いていません(笑)。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 

メニューへ戻る