後編


「……ってことで、俺にはサッパリ分からねぇんだ」
「…………」

話を聞いた新八と神楽も頭を抱えた。今の銀時なら手を繋ぐだけでも恥ずかしがりそうに
思えるが、それすらもないのに逃げ出すなんて……やはり本人と話すしかないと三人は再び
襖を開けて和室へ入った。

「銀時……」
「っ!!」

布団が僅かに揺れ、こちらの声は聞こえているようだが相変わらず返事はない。

「銀時、出てきてくれよ。俺が悪かったなら謝るから……」

土方の手が布団の膨らみの上にぽんと置かれた。

「ぎゃああああああああああ!!」

その直後、叫びながら布団を飛び出した銀時は四つ足で部屋の隅まで逃げていく。

「銀ちゃんに何したネ!」
「何もしてねーよ。見てただろ?なあ銀時……」
「っ!近い近い近い近い!近いって!!」

歩み寄ろうとした土方を銀時は両腕を振って必死に止める。部屋の中央と端……互いに手を
伸ばしても届かぬこの距離のどこが近いのか……そう思うものの恋人の訴えを聞き入れて
土方はその場に留まった。
変わりに新八と神楽が銀時の側に駆け寄る。

「銀ちゃん、トッシーに何されたの?」
「さささささわ、さわっ……た」
「あ?指一本触れてねーよ」
「トッシーは黙ってるネ!それで?どこ触られたアルか?」
「ふふふ布団……」
「布団?まさか、さっきのやつですか?」

銀時は無言で何度も頷き、二人は大きく息を吐いた。

「もしかして銀さん、並んで歩くだけで恥ずかしくなって帰ってきたんですか?」
「ちちちちちが……」
「無理しなくていいネ。あれ以上トッシーが近付くとドキドキしちゃうんでしょ?」
「そそそーだけど、ちがくて……」
「やっぱり何かされたアルか?」

だから何もしていないと今日何度も言った台詞を吐きたい土方であったが何とか堪える。
布団の上に手を置いただけで逃げ出す程に取り乱す銀時なら、土方にとって何でもないような
ことでも驚いてしまうかもしれないから。

「ななななななまえ……」
「名前ですか?」
「そ、そう。なななまえで呼ぶ、からっ……」

呼ばれた時のことを思い出したのか、銀時は顔を両手で覆った。

「銀ちゃん……それくらいで逃げてきたアルか?」
「だだだだって、前は万事屋で……」
「恋人同士なんだから名前で呼ぶくらい普通じゃないですか」
「銀ちゃんも呼んだらいいネ」
「えぇっ!?そそそそんな……」
「……トッシー、疑って悪かったネ。」
「分かってくれりゃそれでいい」
「一晩一緒にいれば慣れると思うから付き合ってあげてほしいアル」
「ひっ一晩!?かかかか神楽ちゃん何言ってんの?」
「私と定春は新八の家に行くネ」
「そうだね。この様子じゃ銀さん、どうせ今から外出てもまたすぐ帰ってきちゃうし……
土方さん、よろしくお願いします」
「おう」
「じゃあね、銀ちゃん」
「ままままま待っ……」

銀時の願い空しく、自宅に恋人と二人で取り残されてしまった。

土方が銀時の前―腕を伸ばしてもまだ届かない場所―に腰を下ろすと、銀時の肩が震える。
縋るように壁に体を密着させ、畳へ視線を落としたままの銀時。土方はできる限り穏やかな
口調を心掛けて言った。

「なあ……俺のこと、嫌いか?」

銀時は無言のまま首を横に振る。

「じゃあ……好きか?」

今度は首が縦に振れる。

「俺達、付き合ってんだよな?」

また縦に。

「……そっちに行ってもいいか?」

横。
少し考えてから土方は立ち上がる。また銀時の肩が震えた。

「とりあえずメシ、食わねぇか?出前でも取ろうぜ」
「う、ん……」

土方が和室を出る頃、やっとのことで銀時は恐る恐る立ち上がった。
襖の前まで何とか進み出て、体半分隠したまま居間の土方へ遠慮がちに声を掛ける。

「あの……ごめん、ね」
「いいって。それより出前、何にする?寿司か?鰻か?料金は俺が持つから好きなの選べ」

なるべく早くいつもの調子を取り戻してほしいと銀時の喜びそうな言葉を選んだつもりであったが、

「こっこここここは俺ん家だし……俺が、払うよ」

銀時が発したのは土方を持て成そうとする言葉。

「すっ寿司でも鰻でも、何でも言って」

二人きりで酷く緊張しているくせに、布団越しに軽く触れただけで飛び上がるほど
恥ずかしいくせに、それでも共に過ごそうと頑張る銀時の姿はとてもいじらしく見えた。

「それじゃあ、カツ丼を頼む」

電話機のある事務机からなるべく離れた位置に座りながら土方は言った。
銀時は素早く事務机の陰に身を隠し、両手で机の縁を掴んで目から上だけ出す。

「あっあの……金のことなら、気にしなくていいぞ」
「気にしてねぇよ。カツ丼が食いたい気分なんだ」
「そっそう?じゃあ……」

受話器を取ってダイヤルを回し、また完全に机に隠れてカツ丼を二つ注文した。
通話を終えても銀時は机の陰に隠れたまま。

「なあ……」

銀時、と呼び掛けそうになって言葉を止める。ここでまた名前を呼べば逃げられかねない。
せっかく銀時が頑張ってくれて同じ部屋にいるのだ。振り出しに戻るのは絶対に避けたい。

「テレビ見ていいか?」

下手に話し掛けて逃げられるよりはテレビに頼った方がいい。

「どどどうぞ……あ!おおおお俺がつけるよ!」

さっとテレビのスイッチを入れて机の陰に戻る銀時へ、土方はまた「なあ」と呼び掛ける。

「一緒に見ようぜ」
「みみ、見てるよっ」
「……そこじゃ見えにくいだろ?」
「だだだだ大丈夫」
「…………」

一応デート中だというのに銀時の顔どころか足の先すら見えないこの状況。
寂しさを感じないわけではないものの銀時に安心してもらうのが優先だと、土方はそれ以上
無理強いせずにテレビへ向かった。


それから暫くして出前のカツ丼が到着する。
食事も個別にとるのだろうと思っていたのだが、丼は二つ共テーブルに置かれた。
土方の向かいのソファの反対端に座り、横にあるテレビへ顔を向けたまま箸を取る銀時。
相変わらずデートには程遠い距離感であるけれど、机の陰からは出てきてくれた……
土方にはそれが嬉しかった。



二人は黙々と食事をし、それが終わると銀時は俄かに立ち上がる。

「どうした?」
「あああの、えっと……ち、ちょっと待ってて!」
「おっおい……」

何処に行くのか聞く間もなく銀時は居間を出て行ってしまう。
また逃げられたかとも思ったが「待ってて」と言ったからにはすぐ戻るのだろう。
事実、外へ出る音は聞こえてこない……どうやら台所で何かしているようだ。

土方はその場で大人しく待つことにした。


「おおおおまっおまっおまお待たせ……」
「ああ、悪ィな」

銀時は二人分の茶と灰皿を盆に乗せて戻ってきた。
土方の前に湯呑み一つと灰皿を置く銀時……離れていくばかりだった恋人が自らの意思で
ここまで近くに……目頭の熱くなった土方はその思いのままに銀時の手を取った。

「頑張ったな、ぎんとk「ぎゃあああああ〜!!」

羞恥の限界を超えた銀時は反対の手にあった盆を投げ付け、部屋の端まで後ずさる。
淹れたての茶が湯呑ごと土方の顔面を直撃した。

「熱っ!痛っ!」
「いいいいいきなり動くな!」
「あー……悪かった。お前に持て成されんのが嬉しくてつい、な……」

近付くのに慣れた訳ではなかったのかと気落ちする一方で、このような大変な思いをしてもなお
己と恋人同士でいることをやめようとはしない銀時をとても愛しく思っていた。

万事屋の子ども達から「一晩一緒に」と言われた手前、今夜はここで過ごすことになる。
けれど一晩くらいで銀時の状態が元に戻るとは到底思えない。暫くはこのような付き合いが
続くのだろう。予想とは大分違っているが、これはこれで面白い……
濡れた前髪をかき上げて、土方は懐から煙草を取り出した。


二人の交際はまだ始まったばかり。

(12.04.24)


ウチの攻めは基本ヘタレなんで、受けの嫌がることはできません。なので、二人とも純情でも、受けだけ純情でも大して変わらない気がします。

碌に進展していないけれど小さなことで幸せを感じる、そんな二人です。これから土方さんはヘタレと罵られながらも純情な銀さんと清いお付き合いを

続けていくのだと思います*^^*

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

 

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