「あれっ、早かったですね……ちょっ……どうしたんですか!?」
新八の横を何も言わずに走り去り、和室に飛び込んだ銀時。
いつものようにパチンコへ出掛けたはずがすぐに戻ってきてこんな状態では、何かあったと
言ってるようなもの。
新八が和室の襖を開けると、銀時は敷きっぱなしの布団を頭まですっぽり被って丸まっていた。
「銀さん、どうしたんですか?」
「べべべべべつに」
布団の中から銀時は返事をする。
「別にじゃないでしょ?何で布団に入ってるんですか?」
「べべべべべつに!」
「まったく……」
銀時の様子は明らかにおかしいものの聞いても答えてくれないようだし、具合が悪いなどでは
なさそうだ。大方、何か怖いものでも見たのだろうと新八が当たりを付けたところで万事屋の
電話が鳴った。
「ししし新八、電話!」
「はいはい……依頼だったら受けますからね」
布団の中の銀時に軽く溜息を吐いて新八は受話器を取った。
「はい万事屋銀ちゃんです。……えっ?はい、いますけど……あの、どういったご用件で?
……はあ、分かりました……」
新八は事務机の上に受話器を置いて和室に戻る。
「銀さん、土方さんから電話なんですけど……」
「ななななな……!?」
「話の途中で銀さんが帰ったとか……土方さんと会ってたんですか?」
「あああ会ってねーよ!」
「とにかく電話に出てください」
「おおおお俺はいないって言え!」
「いや、いるって言っちゃいましたし……じゃあ、僕が用件聞いときますよ」
土方がわざわざ電話をかけてくるというのがやや引っ掛かるものの、あの二人のことだ。
どうせ取るに足らない喧嘩でもしたのだろうと新八は再び受話器を手に……
「ああああああ〜!」
……取ろうとしたところで銀時に奪われた。
「もう、出るなら最初からそう言って下さいよ」
「るせっ。お前、あっち行ってろ」
しっしと野良猫でも追い払うように邪険にされて、新八はその場から離れつつも様子を伺っていた。
銀時の態度が変なのは十中八九土方との話が原因だろう。それが何なのか、単純に興味があった。
「もっもしもし……ううううるせェ!よよよよ用があったんだよ!…………べべべべべつに
いいけど……はあ!?ででででで…………ぉぅ」
銀時は受話器を置いてその場にへたり込んだ。
会話の内容が全く想像できなかった新八は直に聞いてみるしかないと思った。
あの土方が電話をしてまで伝えたこと、聞いただけで銀時が疲労困憊になることとは一体……
「土方さん、何だったんですか?」
「べべべべべつに何も……」
「いや、そんなわけないでしょ。帰った時から変ですよ。何て言われたんですか?」
「…………」
「銀さん!」
家族同然の自分にも言えないことなのかと新八の顔には怒りと悲しみが混ざり合う。
その表情をちらりと窺い見て銀時は観念した。
「すっ……」
「す?」
「すすすすす…………」
「…………」
新八は黙って銀時の言葉を待った。
「……き、って言われた」
「切手?」
「違ぇ。だから、すすっ…………きだって……」
「すすき?……ん?ま、まさか『好き』!?銀さん、土方さんに好きだって言われたんですか!?」
「ぉぅ」
「マジでか!!そっそれで!?何て答えたんですか!?」
「そそっそれは……」
「…………」
元々赤かった顔を更に赤くして人差し指同士を押し付け合う銀時を見れば、満更でもないのは
火を見るより明らか。
「土方さんと、お付き合いするんですね?」
「…………」
銀時の首が無言で縦に振れた。
「おめでとうございます。正直、ビックリしましたけど、銀さんが幸せなら応援しますよ」
「……どうも」
「神楽ちゃんにも言っていいですよね?今日の夕飯はお祝いにしましょう」
「いいけど……」
こうして、銀時と土方は恋人同士となった。
純情な人と初デート
「じじじじゃあ行って来る……」
「いってらっしゃい、銀ちゃん」
「楽しんで来て下さいね」
翌日の夕方、緊張の面持ちで出掛けていく銀時を、新八と神楽は笑顔で送り出す。
これから銀時は土方との初めてのデートへ向かうのだ。
待ち合わせは六時に公園。ゆっくり歩いても万事屋から十分もかからないその場所へ、
一時間以上前に出発した銀時。そんな銀時を二人は微笑ましく見ていた。
「銀さん、よっぽど土方さんのこと好きなんだね」
「いい年したオッサンが顔赤くして……ちょっとキモイアル」
「はははは……」
今夜の食事当番は新八。
銀時を欠いた二人と一匹での夕飯。話題はもちろん、昨日から付き合い始めた二人のこと。
「初デートで緊張してるんだよ」
「銀ちゃんはもっと爛れた男だと思ってたのに……がっかりネ」
「いいじゃない、微笑ましくて。昨日の電話なんかね……」
新八は昨日の銀時の様子を物マネ混じりに話して聞かせる。
「すすすすす……とか言っちゃってさぁ……」
「ぎゃはははは……なにアルか、それ?」
「今だから笑えるけど、昨日は本当にビックリしたよ〜」
「私も見たかったアル!」
「帰ってきたらデートのこと聞いてみたら?きっと、もじもじしながら話してくれるよ」
「たたたた楽しかった、とか?」
「アハハハ……そうそう!」
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして話す銀時を真似ては笑い合う二人。
けれど二人に今の銀時を嘲るつもりはない。
ここまで態度が変わってしまう程に想う相手ができたことを、心から喜んでいるのだ。
「銀ちゃん、早く帰ってこないかな〜」
「いや……早く帰ってきたらマズイでしょ」
「でもあの銀ちゃんじゃ、お泊りは無理ネ」
「まあ、初デートだしね……。でも、お酒が入ったら分からないよ?」
「それはありそうネ。朝になって後悔するパターンアルな?」
「うんうん」
「仕方ない銀ちゃんネ」
「ハハハッ……あれ?」
玄関扉の開く音が聞こえ、二人の会話は止まる。
無言で扉を開けたその人物はバタバタと慌ただしく靴を脱いでおり、空き巣の類ではないようだ。
彼は玄関を上がり、廊下を走り、事務所の引き戸を開け、和室へ駆け込んだ。
「銀ちゃん……」
「銀さん……」
その人物とはもちろん事務所の主・坂田銀時。
昨日と同じく慌てて帰宅した彼は昨日と同じく万年床へ潜り込む。
しかし昨日と異なるのは神楽も定春もいることと……
「邪魔するぜ」
少し遅れて私服姿の土方が入って来たこと。
「銀さん、どうしちゃったんですか?」
「こっちが聞きてぇよ……」
新八の問いには心底分からないといった風の答え。
「お前、銀ちゃんにエッチなこととかしなかったか?」
「してねぇよ……つーか、碌に話もしてねぇ」
「じゃあ何で銀ちゃん……」
「だから分からねぇんだって」
こちらも困っているのだと土方は短く息を吐いて布団に向かって呼び掛ける。
「おい銀時……」
「――っ!」
息を飲む音が聞こえるのみで返事はない。銀時が落ち着くまで待とうと土方は子ども達に
目配せして事務所のソファに腰を下ろした。新八と神楽も襖を閉めてソファへ。
「やっぱり、お前が何かしたんじゃないのか?」
「してねぇって……」
「銀さん、初デートでちょっと緊張してるんですよ。だから普段なら平気なことでも……」
「アイツが緊張してんのは……まあ、顔見りゃ分かったけどよ……本当に何もないんだぜ?」
「時間からしてもそうだとは思いますけど……」
現在の時刻は六時二十分。待ち合わせの六時から大して経っていない。
「銀ちゃんと何したか、詳しく話すネ」
「わーったよ……」
こうなれば話を聞いてもらって自分の身の潔白を証明すると同時に、銀時急変の訳を考えて
もらおうと土方は口を開いた。
* * * * *
土方が六時ちょうどに公園へ着くと、銀時が短い距離を何度も往復していた。
「銀時」
「っ!!……よ、よう」
「待ったか?」
「べ、べつに……」
「じゃあ行くか」
「お、おう」
一度も目を合わせることなく数歩後ろをついてくる銀時に、こんな可愛げもあったのかと
土方は密かに口元を綻ばせた。
「銀時、メシはまだだろ?」
「っ!!……お、おう……」
「何か食いたいもんはあるか?」
「べ、べつに……」
「じゃあ……あそこの店でいいか?」
「い、いいよ……」
いいと言いながら銀時の足取りが芳しくないように思われて、土方は後ろを振り返った。
「銀時」
「っ!!」
「なあお前……」
「もうムリっ!」
「は?お、おい!」
ぎゅっと目を閉じた銀時は次の瞬間、反対方向へと走り出した。
突然のことで暫し立ち尽くしていた土方であったが、その後気を取り直して銀時を追ったのだった。
(12.04.21)
リバで連載中の非固定小説「純情シリーズ」を読んだ方から「受けが純情だったらどうなるんでしょう?」といったコメントをいただきまして「通常の攻×純情な受」です。
ちなみに冒頭の電話の内容はこんな感じです↓
「もっもしもし」
『途中で逃げるヤツがあるかよ』
「ううううるせェ!よよよよ用があったんだよ!」
『ほ〜ぅ……それで?俺と付き合ってくれるのか?』
「べべべべべつにいいけど」
『そうか。じゃあ明日、デートしようぜ?』
「はあ!?ででででで……」
『夜六時に公園で待ち合わせな』
「ぉぅ」
後編はなるべく早くアップしたいと思いますのでお待ち下さいませ〜。
追記:後編はこちら→★