後編


(何やってんだ俺ァ……)

江戸行きの最終列車に乗り込み席に着いた土方は、自分の行動に溜め息を吐く。
暗闇の中を走る列車は、窓の外を見ても明るい車内が映るばかりで……腑抜けた自分の顔に
また溜め息を吐いて土方は目を閉じた。



ブーッブーッブーッ……

数時間後、土方は携帯電話の振動で目を覚ました。緊急連絡かと一気に覚醒した土方であったが、
何のことはない、一ヶ月近く前に自身で設定したアラームであった。
土方はアラームを止め、携帯電話を持ってデッキへ向かう。

(本当、何やってんだか……)

自分で自分に呆れつつ、時間を確認して恋人の自宅の電話番号を呼び出し、携帯電話を耳元へ。

プルルル……

「…………」

プルルル……

「…………」

プルルル……

「…………」

プルッ……

コール音だけが鳴り続ける虚しさに土方は終話ボタンを押して席に戻った。

(何が零時ちょうどだ……出ねェじゃねーか。)

今日何度目か分からない溜め息を吐いて、土方は再び目を閉じた。


*  *  *  *  *


(こんな時間じゃ屯所に戻れねェからな……)

午前一時を過ぎて江戸へ戻ってきた土方は、誰にともなく言い訳をしてかぶき町へ歩を進めた。
ネオン煌めく町にありながら懐かしい佇まいを見せるスナックの、その上へと続く階段をゆっくり
上がっていく。その手には通り掛かりに寄ったコンビニの袋。

コンコンと呼び鈴を無視してノックして、鍵の掛かっていない玄関の扉をガラリと開ける。

(留守か?)

そこには家主のブーツも、同居している少女の靴も、たまに泊まる少年の草履もなかった。
いくら鍵が開いていたとはいえ誰もいない部屋に入るのは気が引けて、土方は扉を閉めて外で
待つことにした。

(こんなことなら、もう一泊してから帰るんだった……)

扉を背凭れにして座り込み、懐から煙草を取り出して火を付ける。
まだ秋とはいえ、深夜の空気は着流し一枚の土方にはとても冷たく感じられた。


*  *  *  *  *


「じゃっあね〜、長谷川さん。お仕事頑張って〜。」
「銀さんもな〜。」

夜がすっかり明けた頃、階下で銀時の声がした。
鼻歌混じりに階段を上る音を確認して土方は立ち上がる。

「あっれ〜、土方くんだ……どーもおはよーございます。」
「……随分と酔ってるみたいだな。」
「そんなことないよ〜。……あっ、土方くん、おはよ〜……」
「長谷川さんと、飲んでたのか?」
「よく分かったね〜。……あれっ?もしかして土方くん?おはよーございまーす。」
「……やる。」
「ん〜?」

土方はコンビニの袋を銀時に押し付けて足早にその場を去っていった。

(アイツを祝うヤツなんて沢山いるのに……バカみてェ……)


*  *  *  *  *


十月十日昼、万事屋銀ちゃん事務所兼居間。

「銀さん、起きて下さい。」
「おはようアル。」

事務所の長イスで寝ていた銀時は新八と神楽に起こされた。

「あ゛〜……銀さんは今日、二日酔いでお休みでーす……」
「なに言ってるネ!もう準備できてるアル!」
「……何だか分かんねーけど俺、パスするわ。」
「主役がいないと始まりませんよ。ほら早く。」
「何なんだよ……」

無理矢理起こされて銀時は玄関まで引っ張られて行く。そこにコンビニの袋が置いてあり、
銀時は立ち止った。

「あれっ?この袋……」
「僕らが来た時にはありましたよ。銀さんが買ったんじゃないんですか?」
「プリンとかシュークリームとか、いっぱい入ってるアル。」
「んー……夢で土方くんにもらった気がする……」
「それ、夢じゃないですよね?昨日は長谷川さんと飲むって言ってましたけど、土方さんにも
会ったんですか?折角だからこれも持って行きましょう。」
「何処に?糖分は全部俺のモンだァ!いててて……」

自分の大声が酒の残る頭に響いて銀時は蹲る。

「誰も取りませんよ。」
「そうネ。今日は好きなだけ甘い物食べていいヨ。」
「お前ら、何企んでんの?」
「いいから行きますよ。」
「だから何処に?」
「下アル。」

二人に手を引かれ、銀時は階下のスナックへ連れて行かれた。

「さあ銀さん、ドアを開けて下さい!」
「なあ……マジで何なの?先月の家賃は払ったよ?」
「いいから入るアル!」
「お、おい……」

パァーン!!

「「「お誕生日おめでとう!」」」

扉を開けた瞬間、クラッカーの音が鳴り響いた。

「……へっ?」
「なに間の抜けた顔してんだい。」

呆然と立ち尽くす銀時にお登勢が声を掛ける。店内は折り紙の輪飾りや「ハッピーバースデー」と
書かれた垂れ幕で飾られており、テーブルにはロウソクの立ったホールケーキをはじめ、
沢山の料理と真っ黒に焼けた何か……

「今日の卵焼きは特別甘く作りましたから。」
「最高のプレゼントだな。」

笑顔の妙と九兵衛。

「祝ッテヤルカラアリガタク思エ。」
「おめでとうございます、銀時様。」

キャサリンにたま。

「今日のために実は昨日、あんまり飲んでなかったんだよね〜。」
「おめでとう銀さん!プレゼントは勿論わ・た・し♪」

長谷川とさっちゃんの姿もあった。

「……誕、生、日?」
「もしかして銀さん、自分の誕生日忘れてたんですか?」
「サンライズ成功ネ!」
「サプライズよ、神楽ちゃん。」
「今年は銀さんを驚かせたいって神楽ちゃんが言うから、こっそり準備してたんですよ。」
「『誕生日』とか『プレゼント』とか『お祝い』とか言うのもなしにしてたネ。銀ちゃん、
ビックリした?」
「お、おう……」

作戦成功を喜びつつ誕生会が始められる中、銀時は昨夜―日付は今日―のことを振り返っていた。

(土方はいつウチに来たんだ?プレゼントがコンビニってことは、前から予定してたわけじゃ
なさそうだが……。電話もくれたのかな?零時ちょうどに、とか言ったもんなァ……すっかり
忘れてたけど、土方は几帳面だから覚えてたんだろうなァ……)

銀時は誕生会の間ずっと、土方にどう謝ろうか考えていた。


*  *  *  *  *


十月十日夕刻、真選組屯所副長執務室。
書類を広げて机に向かう土方と、その横で土下座する銀時。

「すいませんでしたァァァァ!」
「……何のことだ?」

書類に目を向けたまま銀時の方をちらりとも見ずに応える土方の声には、何の感情もないように
冷たく感じられた。銀時は更に頭を下げ、額を畳に擦りつけて只管謝り倒す。

「本当にすいまっせーん!!」
「…………」

返事をする気も失せたのか、土方からは紙に筆を走らせる音しかしなくなった。
それでも銀時は謝り続ける。

「折角お祝いに来てくれたのに留守にしてて……本当にごめん!!さっき、ハゲの隊長に
聞いたいんだけど、出張だったんだって?今日の昼に帰る予定だったけど、土方だけ終電で
前日に帰ったって……。そこまでして会いに来てくれたのに……。俺が当日に会いたいって
しつこく言ったから来てくれたんだよね?もしかして、零時ちょうどに電話もくれた?」
「別に……」

疑問文には仕方なしに最低限の返答をする。

「俺、誕生日のことすっかり忘れててさァ……」
「……忘れてた?」

土方は漸く筆を止めて銀時の方を見た。銀時は両手を顔の前で合わせて頭を下げる。

「本っっっっっ当にごめん!」
「いや……忘れてたってお前、自分の誕生日を?」
「う、うん……」
「冗談だろ?」
「それが、本気で忘れてまして……」

怒ってはいないようだが呆れられてしまった。こんな大ボケ野郎とは付き合ってられないと
愛想を尽かされるのではないか……銀時はビクビクしながら土方の問いに答えていく。

「メガネとチャイナは?毎年パーティーしてくれて、当日まで気付かないフリすんのも大変だって
言ってたじゃねーか。」
「今年はマジで隠してて、全く準備の気配を感じなくて……」
「それですっかり忘れて、いつもの調子で長谷川さんと飲みに出たってわけか……」
「はい……。」
「…………」

土方は黙って銀時を見詰め、それから胸ポケットの煙草を取り出して咥え火を付ける。
土方が動くたび、銀時はビクッビクッと肩を震わせた。

「お前とこういう関係になって三年目……知り合ってからだと更に長ェよな。」
「そ、そうですね……」

煙を吐き出しながら土方はしみじみと語り始めた。昔を懐かしみ口元を綻ばせる土方であったが
対する銀時は背筋をピンと伸ばして膝の上で拳を握り、額に汗を滲ませていた。

(な、何で急に語ってんの!?俺のことはもう、思い出となって終わるってこと!?)
「こんだけ長い時間かけても、まだ分からねェことってあるんだな……」
「な、何のこと……?」
「お前がここまでアホだとは思わなかったってことだ。」
「うぅっ……」
「それとも、歳くってボケたか?」

フフンと鼻で笑われて土方が面白がっているのだと判り、ここまで殊勝な態度を取り続けてきた
銀時も、そろそろ言い返しても大丈夫なのではないかと思えてくる。

「ボケてませんー。銀さんは永遠の二十代でピチピチですぅ。」
「何がピチピチだ……。おい、ちょっと手ェ出せ。」
「あっ、調子に乗りましたすんません。根性焼きとか勘弁して下さいよ先輩。」
「誰が先輩だ誰が。……いいから出せ。」
「うひゃっ!」

土方は銀時の左手を掴んで引き寄せ、その掌いっぱいに筆で文字を書く。冷たい墨と柔らかい
筆先の感触がくすぐったくて、銀時は変な声を上げた。

「おら、そっちもよこせ。」
「あ、はい……」

今度は素直に右手を差し出すと、そこにも文字が書かれていく。

「よしっ。」
「あの……土方くん?」

解放された両掌と土方の顔を交互に見て、銀時は首を傾げる。
左手には「二〇時」、右手には二人の行き付けの居酒屋の名が書かれていた。

「あと数時間、手ェ洗うんじゃねーぞ。」
「えっと……」
「覚えてねェんだろうが、今日はテメーの誕生日なんだ。」
「いや、それは……」
「奢ってやるから、その時間にその店へ来い。」
「土方っ!」
「わっ、バカ野郎!」

喜びのあまり抱き付こうとする銀時を、土方は慌ててかわす。

「墨付けた手で触るんじゃねー!」
「じゃあ、土方くんからギュッてして♪」
「ふざけんなっ。」
「いてっ。」

土方の手刀が銀時の脳天に振り下ろされた。けれど銀時は締まりのない笑顔のまま。

「もうっ、相変わらず愛情表現が過激なんだからっ。」
「るせェ。テメーはもう帰れ。」
「はいはい……それも愛情表現でしょ?本当に帰ったら寂しいくせに。分かってるよん。」
「俺ァ『とある事情』で八時までに仕事終わらせなきゃなんねェんだよ。……だから帰れ。」
「あっ、そういうことなら帰りまーす。バイバ〜イ!」
「おう。」

笑顔で「二〇時」の手を振る銀時を、片手を上げて見送って土方は仕事に戻った。


恋人達の十月十日はまだまだこれから。


(11.10.03)


リクエストは「記念日を忘れて謝る銀さんと拗ねる土方さん」でした。記念日はなんでもいいとのことでしたので、自分の誕生日を忘れてもらいました(笑)。

そのため、リクエストをいただいたのは春だったのですが秋まで待っていただきました。小説内の季節と現実の季節が合ってなくてもいいと思うんですけどね。

今回、男前な土方さんを目指してみたのですがいかがだったでしょうか?男前を意識するあまり、リクエストの「拗ねる土方さん」がほとんど書けなくなったのが

一番の反省点です^^; 自分との約束を忘れて長谷川さんと飲みに行ったと思い拗ねた土方さんでしたが、誕生日そのものを忘れたのだと判り、呆れたを

通り越して「バカワイイ」と思ったんじゃないかと(笑)。そんなわけでいっち様、その節は大変失礼いたしました。こんなのでよろしければ貰ってやって下さいませ。

サイトに掲載するのも、見なかったことにするのもいっち様の自由でございます。ここまでお読み下さった皆様、ありがとうございました。

 

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