二度あることは三度目の正直
九月十●日、真選組屯所副長執務室。
書類を広げて机に向かう土方と、その横で壁から剥がしてきたカレンダーを翳す銀時。
「はいっここ。来月の十日。ちゃんと印付けといたからね。」
「おい……人のモンに勝手に落書きすんなよ。」
「落書きじゃない!ひっっっっっじょーに大切な日だから!」
「テメーの誕生日くらい覚えてる。……もう三回目だぞ。」
二人は恋人同士。そして来月は、付き合ってから迎える三度目の銀時の誕生日がある。
土方は昨年も一昨年も十月になるとケーキを持って万事屋を訪れ、誕生日を祝っていた。
だから銀時とて、今年も祝ってくれるのだということくらいは確信している。アピールに来た
理由はそこではないのだ。
「今年こそは誕生日当日に祝ってよ!」
「あ?」
そう。昨年も一昨年も十月十日は土方の仕事の都合で会えず、そのため事前に誕生日祝いを
していたのだった。
「ねっ。十月十日。ちょっとだけでもいいからさ。」
「ンなこと言っても分かんねーよ。年度が半分過ぎたこの時期は地味に忙しいんだ。」
「もうっ!仕事と銀さんとどっちが大事なの?」
「仕事。」
「…………じゃあ電話!日付が変わってすぐ『おめでとう』って電話ちょうだい。」
「何で夜中に電話しなきゃなんねーんだよ。……十日のどこかでかけりゃいいだろ。」
「ダメっ!会えるなら何時でもいいけど、電話なら零時ちょうど!」
「……仕事がなかったらな。」
「絶対だからね!」
「いやだから……」
「じゃあ、お邪魔しました〜。」
「おいっ!」
十月十日だよと返事は待たずに念を押して、銀時は笑顔で手を振りながら部屋を出ていった。
「ハァー……」
銀時の出ていく方を見て溜息を吐きつつ土方は携帯電話を開く。
そして十月九日の二十三時五十九分にアラームが鳴るようセットした。
その直後、電話がかけられるように。
* * * * *
九月二十△日、真選組屯所副長執務室。
書類を広げて机に向かう青筋浮かべた土方と、その横で壁から剥がしてきたカレンダーを翳す銀時。
「来月の十日だからねっ。」
「うっぜーよ!!毎日毎日来やがって……行けたら行くつってんだろ!!」
あれから毎日、二人は同じやりとりを繰り返していた。
「ったく……何で今年に限って当日に拘るんだよ。」
「本当は当日に会いたいってずっと思ってたんだよ?それでも一年目は『祝ってくれる気持ちだけ
でもありがたいな』って納得して、二年目は『仕事だから仕方ねェな』って諦めて……
でも、流石に三回連続はナイだろって思ったから、今年はこうして事前準備をだな……」
「だから毎年この時期は……」
「忙しいのは分かってる。けど俺の誕生日はさァ……」
急に銀時の声のトーンが落ち、表情に陰りが見える。
「本当のところ、俺、自分が何月何日に生まれたかなんて分かんなくて……でも、俺を拾って
くれた先生が十月十日って決めてくれてさ……」
「万事屋……」
「……って説が有力な気がするんだけど、土方はどう思う?」
「……は?」
珍しく身の上話を始めたと思ったら質問されて、土方は間の抜けた声を上げた。
にもかかわらず銀時は一人で話を続けていく。
その表情は、すっかりいつもの人懐っこい笑顔に戻っていた。
「俺としては土方くんの倍って説も捨て難いと思うんだよね〜。ほら、俺達、元々一人だったから。」
「……何の話だ?」
「知らない?この漫画は元々新撰組漫画で、銀さんっぽい見た目の『土方』が主役だったって話。」
「それは、知ってるけどよ……何で今その話を?」
「誕生日の話してたから。」
「そ、それだけか?」
「うん。」
「えっと……その、『先生』とやらにもらった大事な日だから当日に祝ってほしいとかいう、
何というか、しおらしい理由があるんじゃねェのか?」
「別に。」
銀時は事も無げにそう言った。
「ただ何となく、どうして十月十日なんだろうな〜って思っただけ。」
「はぁ!?」
土方は眉間に皺を寄せ、米神に血管を浮き立たせて銀時を睨み付ける。
「いきなり大人しくなったと思ったら『何となく』だァ!?ふざけんなテメー!!」
「あれ?もしかして土方くん、可哀想な銀さんの唯一の思い出みたいに聞いてた?ププッ……
ンなわけねーじゃん。誰が書いてると思ってんの、この話。シリアスパートじゃないからね?」
「テメーが紛らわしい表情するからだろーが!!」
「どんな顔しよーと俺の勝手だろ?まあ、そんなわけで十月十日はよろしく。」
「意味分かんねェよ!大した理由がないなら当日じゃなくてもいいだろ!!」
「じゃあ、先生絡みってことにする。」
「『じゃあ』って何だよ!そんなテキトーに決めた過去なんざ認めねーからな!!」
「もー、我儘言わないの。」
「何で俺が悪いみたいになってんだよ!!」
バシッと土方は机を叩いて怒りを露わにするが、銀時の表情は崩れない。
「理由はよく分かんねーけど俺の誕生日は十月十日ってことになってるんだから、恋人の土方くんは
ちゃんと当日にお祝いしなさいっ。」
「こうなったら意地でも当日に祝ってやらねー!」
「そんなこと言ってぇ……十月十日、空けてあるんでしょ?ツンデレなのは分かってるぞ。」
人差し指でちょんと鼻の頭をつつく銀時の手を鬱陶しげに払い除け、土方は新しい煙草を咥えて
マヨネーズボトル型ライターで火を付ける。
「今日のテメーの態度で、何が何でも仕事を入れたくなった。」
「ちょっ……やめてよ!空けといてよ!十月十日に祝ってよ〜!!」
「嫌だ。」
「お願いだからさぁ〜……三度目の正直って言うじゃん。」
「二度あることは三度あるとも言うな。」
「言わない!そんなの銀さん認めませんっ!……ってことで十月十日はよろしく!」
「忘れなかったらな。」
「その点は大丈夫!これからも毎日来るから!」
「もう来るな!テメーが来るせいで仕事が遅れてんだよ!!」
「あっ、それはマズイ……。じゃあ、カレンダーに丸付けとくから忘れないでね〜!」
「その日、仕事かもしれないからな!」
最後の土方の言葉を聞いているのかいないのか、銀時はカレンダーに丸を付けて壁に戻し、
いつものように笑顔で手を振りながら部屋を出ていった。
今日に限らず、銀時が毎日来ては丸を付けていくため、この部屋のカレンダーの十月十日は、
ほとんど黒く塗り潰されてしまっていた。
壁に戻されたカレンダーと自分の手帳を交互に見て、土方は短く息を吐く。
手帳には十月八日から三泊四日で「出張」の文字。
(せめて、零時ちょうどに電話してやるか……。自分で言い出したんだ、チャイナが出るって
ことはねェだろ……。)
十日ほど前に設定したアラームがまだ生きていることを確認して、土方は仕事に戻った。
* * * * *
十月八日、とある地方の今は使われなくなった道場。
主のいなくなったこの場所を真選組で数日借りて、入隊志願者への説明会と採用試験を行うことに
なっている。試験内容は真選組で日頃行っている訓練の体験及び面接。
そのため土方は数名の幹部と共にここへ来ていた。
これまで、地方での隊士募集は近藤が中心になって担っていた。しかし今回、「たまにはトシが
行ってみては?」という近藤の思い付きの一言で土方が出張することになった。
確かにいつも同じ人間が選考したのでは偏りが出るということもあるだろうし、その判断は
間違っていないと土方も思っていた。
(例え近藤さんがこっちだとしても、その分俺が屯所に詰めてなきゃならねェ。どっちにしろ
会うのは無理だったな……)
道場の外で煙草を吸っていた土方は江戸にいる恋人を思い浮かべて空を仰ぎ見る。
視界を遮るビルも、宇宙を行き来する船もない秋の空は、江戸より遥かに広く高く見えて、
それが恋人との距離のように感じてしまう。
(ケッ……バカバカしい。)
肺いっぱいに煙を吸い込んで吐き出した土方の表情は、真選組副長のそれになっていた。
「副長、準備が整いましたぜ。」
「おう、今行く。」
十番隊隊長・原田に呼ばれ、土方は煙草を消して道場へ入った。道場には四、五十人の入隊志願者が
集まっており、土方が入った瞬間、集まった者達は皆一斉に頭を下げた。
土方は彼らの前に座り「副長の土方だ」と簡潔に自己紹介をして本題に進む。
江戸の治安と幕府を取り巻く現状、真選組に求められる役割と新人隊士の業務内容。
それらをなるべく平易な言葉で伝えてから、試験の説明をした。
「……試験は三つのグループに分かれて行う。第一班は明日、第二、第三班はその翌日、翌々日だ。
今日と同じ時刻に集まってくれ。……何か質問はあるか?」
「あ、あの……」
志願者の一人が怖ず怖ずと手を挙げた。
「何だ?」
「大変申し訳ないのですが、今から試験をしていただくわけにはいきませんでしょうか?」
「明日以降では都合が悪いのか?」
「そういうわけではないのですが……恥ずかしながら私の家は貧しく、ここまでの旅費を
工面するので精一杯でして……」
「なるほど。近くに宿を取ったり二往復したりするのは厳しいというわけか……。」
「申し訳ありません。」
「謝ることはない。よく正直に申し出てくれた。」
「はっ。」
志願者は深々と頭を下げる。恐らく彼以外にも、凡そ裕福とは程遠い生活を送る者が多いに違いない。
どうしたものかと土方は考える。
「……よしっ、今日と明日、ここで集団生活をしてもらおう。訓練を体験しながら、順番に離れで
面接を行う。その間の食事はこちら用意する。……これでどうだ?」
「ありがとうございます!」
質問をした青年はまた深々と頭を下げる。
「他の者もそれでいいな?」
「「「はいっ。」」」
やはり似たような経済状況の者が多いのか、試験方法の変更にホッとした表情を見せる者達が
多かった。
それから土方が電話で予定変更を伝え、試験という名の共同生活が始まった。
* * * * *
十月九日夜、全員の面接が終了して志願者達は家路に着き、土方達は宿へ戻った。
「お疲れさん。近藤さんには明日帰ると連絡しておいたから、今夜は酒でも飲んで楽しくやれや。」
「副長は飲まないんですか?」
「俺ァ一足先に帰らせてもらう。」
「今から帰るんですか!?」
土方は既に着替えて荷物も纏めていた。
「江戸行きの最終には間に合うからな。」
「もしかして、何か事件でもあったんですか?」
「違ェよ。ただ何となくだ……。お前らだって、俺がいない方が羽伸ばせていいだろ?」
「そんなことは……」
「まあ、そういうわけだからじゃあな。」
「はあ……」
急いで駅へ向かう土方の後ろ姿を、隊士達は不思議そうに見送った。
(11.10.03)